第475話 江戸料理の傑作

      2018/03/01  

江戸野菜が人気である。これもひとえに大竹先生(江戸ソバリエ講師)のご尽力のおかげだろう。
当初は、江戸野菜に関心をもったとしても、「何処で買えばいいのか?」「何処で食べられるのか?」がはっきりしていなかったから、歯痒いところがあった。しかし、人気となった現在、「扱いたい」という店が増えてきている。こうした人気というのはすごいもので、「何処で買えばいいのか?」という欠点が逆に「なかなか手に入らないんだよね」と希少的好意をもって受け取られるようだ。
そんな人気の江戸野菜料理を立続けに頂く機会があった。

☆押上「よしかつ」
平成29年12月、大竹先生と新春座談会を撮影するために、押上の「よしかつ」でご馳走になった。その時の御献立は次の通りだ。
御献立
一 黒豆(青梅市)
一 数の子 品川蕪卸和え(小平市)
一 刺身 縞鯵(式根島)・尾長鯛(小笠原)
一 田作胡桃和え(檜原村)
一 亀戸大根の昆布巻(江戸川区・江戸前)
一 栗金団(世田谷産栗・新島産あめりか芋)
一 伊達巻(町田のさくら玉子)
一 紅白蒲鉾(奥多摩山葵)
一 紅白なます(江戸川産亀戸大根・練馬産馬込三寸人参)
一 菊花蕪(練馬産金町小蕪・小平産内藤唐辛子)
一 八幡巻(Tokyo X・新座産滝野川牛蒡)
一 八つ頭煮物(東村山)
一 漬物(奥多摩山女・練馬産下山千歳白菜)
よくもまあ、こんなにも東京産を集めたものだと感心するが、それこそ江戸の昔は普通のことだったろう。
しかし、せっかく盛り沢山だったが、ここが終わったら、この後に予定しているTBSテレビの『この差って何ですか?』の撮影に「小松庵」へ駆けつけなければならなかった。なので、「食べてみなくては江戸野菜の話にならないだろう」というわけで、三口だけ撮影中に摘み食いして、失礼した。残念だ。

☆丸の内「ミクニ」
平成30年1月は、江戸ソバリエ・ルシック寺方蕎麦研究会の新年会が丸の内の「ミクニ」で開催された。
当研究会の代表小林尚人様は「日本の歴史、日本の文化を大切に」ということを骨格においておられる。その上での蕎麦の勉強会というわけだ。
基本テキストは伊藤汎先生の『つるつるものがたり』であるが、一方では《郷土そば》や、今日のように蕎麦以外の料理からも野外講座として体験することもある。そんなわけで、前々回は上野で和食、前回は六本木で中国料理、今日は「ミクニ」でフランス料理というわけだ。その時のお料理は次の通りだ。
御献立
一 豚足のクロケット 西東京香草のバネ
一 三元豚バラ肉の自家製ベーコン 東京町田卵添東京野菜のメスクラン
一 永見産ブリのグリエ 八王子大根のマリネ ソースランディポワーズ
一 立川里芋のクリームと洋梨のベルエレーヌ 温かいチョコレートソース
一 コーヒーとフィナンシェ
「世界の三國シェフ」は弟子に厳しいらしいが、お客様とのご縁は大事にされる方だと思う。別の所で一度お会いしたとき、翌々日にはサイン入りのカードが郵送されてきたぐらいだ。毎日多くの方たちとお会いされると思うが、大変な気遣いだ。洗練された品格のある料理は、それが表われてのことだろう。

☆麻布十番「更科堀井」
そして平成30年2月、恒例の「更科堀井 冬の会」である。
林先生と河合料理長が作ったお料理は次の通りだ。
御献立
一 亀戸大根のコンフィ 辛汁掛
一 東京独活の黒焼
一 渡辺早生牛蒡餡掛 太打蕎麦
一 千住葱・馬込三寸人参と蛤の搔揚
一 東京独活・青茎三河島菜と鴨の治部煮風炊合せ蕎麦麩付
一 亀戸大根葉切
一 早稲田茗荷竹の錦玉羹〝春〟
堀井社長は「林先生の献立は普通のレストランじゃ食べられない」と称え、河合料理長は「林先生の素材を活かす発想には驚く」とおっしゃる。
この「素材を活かす」とという言葉はよく使われるが、私は林先生のそれを「知的な料理」と表現する。舌で味わって美味しく、頭の中で納得できるという意味である。
この会のことは段々広まっているらしく、やはり江戸野菜を料理しておられる日本橋の名店「ゆかり」の店主に先日、お会いしたので、更科堀井の会のことをお話したら、「聞いてますよ。一度お邪魔したいのですが、うちの店の営業もありますし・・・」ということだった。とにかく、江戸野菜は人気だ。
私にとっての、今日の一押しは渡辺早生牛蒡餡掛 太打蕎麦だ。牛蒡と太打ちがよく活かされていて、じわっと美味しさが沁みてくる。
今日の会に参加されていた渡辺早生牛蒡を開発された渡辺さんのご子息に美味しかったことを申上げると「亡き親父も喜んでますよ」と笑顔になられた。

こうした江戸の料理の傑作は、豊かな知恵と名料理長の腕から生まれるのだろう。さらにそれを支えているのはお客だろう。
食材×豊かな知恵×確かな腕×お客=江戸・東京料理】
そのことを分かっておられる堀井社長は、座っているお客様に対して、立ったままお話されたりはしない。

*写真:千住葱畑(大竹先生提供)

〔文 ☆ エッセイスト ほしひかる