第504話 蕎麦犬の散歩道

     

シンガーの高遠彩子さんと蕎麦対談の仕事(Yahoo『ライフ・マガジン』)で知り合って、「今度、お蕎麦を食べに行きましょう」ということになった。
さっそく、日程をご相談し、どの店にしようかと考えた。
今の蕎麦屋さんは「今月は〇〇産の蕎麦粉を使用」という表示をしてくれる店(A)が増えてきた。また幾種類もの産地別蕎麦を打って供してくれる、こだわりのお店(B)も出てきた。
高遠さんの場合、蕎麦そのものの香りや味わいが大好きだというからBタイプの店が合うだろうということで、それに叶った「菊谷」「一東庵」などに予約しようとした。ところが残念なことに、「先週はお盆中で忙しかったので、今週は店が夏休みだ」と言う。「あらら」というわけで、焦ってAタイプの店まで広げて電話すれど、いずこも夏休み。「あ~」と思いながら、やっと救ってもらったのが神田にある「松翁」。そうか、この時季は却って都心の方がサラリーマンの出勤に合わせての開店なのかと、ホッとして高遠さんに連絡すると優しいポジティブな言葉をいただいた。
緊急不時着御手配ありがとうございます。きっと、不時着してよかった〜、こういうことだったのか!という楽しい夜になりますね!」
この返信を頂いた時から私の気分はすでに「不時着してよかった〜」になっていた。そういうポジティプな気持で箸を取れば、お蕎麦も美味しくなるに決まっていると思った。
その日、彼女は暖簾をくぐるときから楽しそうな声だった。そして卓に着いて、何にしようかと二人でお品書きを見る。
料理の注文の仕方のコツは、最初から手の込んだ物は頼まないことだ。でないと、長い時間を待たなければならない。お互いにビールだけを注ぎっこして、「まだか、まだか」と厨房を何度も振り返るという野暮な時間を過ごしたご経験はないだろうか。粋な人は、すでに作ってある物を先に選ぶ。それが蕎麦屋の《焼き海苔》とか《板わさ》の価値である。
「松翁」のお品書を見る。《穴子の煮こごり》がある。これにしよう。近頃は穴子の産地はいろいろだが、元々は江戸前。神田にピッタリだ、とは今はだれも思うまい。それはともかく、プルンプルンの大きな煮こごりが口に入るとたちまち口福感があふれてきた。
次は《焼き茄子》にしようか。江戸ソバリエ協会が会員になっている和食文化国民会議では、いま「五節供」運動を展開している。先月の「七夕には素麺を食べましょう」。来月の「重陽の節供には茄子・栗を食べましょう」というわけだ。そんな声がちらりと耳元を過ぎったかどうかわからないが、とにかく《焼き茄子》を頼んだ。茄子は長いの、丸いの、卵型などがある。私の故郷の九州は長い物が多かったが、関東は卵型が多い。焼き茄子はこの卵型がちょうどいいような気がする。鰹の削節がたっぷり、それに挟まっている紫蘇の葉がアクセントになっていい姿をしていた。
それから卓に彩りを添えるために《アスパラ》をお願いしたところ、予想通リ目の覚めるような若緑がきれいだった。
それから、多少季節外れだけど《稚鮎の天麩羅》は当店の名物だから敬意を表して注文。そして反対に「松翁」らしからぬ《蟹コロッケ》まで手を出した。案の定、かつての文明開化時代の代物のような白い皿に、キャベツの細切と蟹コロッケ、高遠さんはキャツキャツと笑いながら美味しいを連発していた。
そして締めはお蕎麦。彼女は普通の蕎麦といなか蕎麦の《二色盛り》、私はさらしな蕎麦と普通の蕎麦の《二色盛り》。
蕎麦の盛り方は江戸ではパラパラと盛るのが一般的だが、ここ「松翁」では、一枚の笊に一人分を四つに分けて盛ってあるのが特徴だ。だから高遠さんは「田の字盛り」とよんでいるらしい。
そういえば、高遠さんはいつも言葉が的確だ。今日の店選びも「緊急不時着手配」とは面白い。経緯をすべて盛り込んだ一言である。そして目の前の「田の字盛り」も分かりやすいし、また蕎麦好きには都合がいい。何が都合がいいかといえば、彼女の笊には普通の蕎麦が二盛り・いなかが二盛り、田の字になっている。そして私の笊には普通の蕎麦が二盛り・さらしなが二盛り、田の字になっているわけだから、一盛りを互いに「どうぞ」とお裾分けできるわけだ。
二人とも、くんくんと犬のように鼻を近づけ、香りを嗅いでから、お蕎麦を摘まみ、つゆを付けないで啜って、先ずは安心した。人間もそうだが、夏蕎麦はたまにくたびれていることもあるが、さすがの「松翁」はそんなことはなかった。それから私は、つゆに付けて啜ったが、高遠さんといえば、とうとう最後までつゆを付けずにすべてたいらげた。これが蕎麦そのものが好きだという人の食べ方なのだ。驚きもするが、感心もする。
さて、ごちそうさまをして、戸を開けて外に出ると、小さな風が心地よく流れてきた。「気持いい」と言いながら、散歩するようにゆっくり歩けば、すぐ白山通りの信号だ。
そこで二人は「またお会いしましょう」と握手して、彼女は左の神保町駅へ、私は右の後楽園駅へと歩いて行った。

 

☆参考:ayakotakato.seesaa.net 7月28日

〔文・写真 ☆ エッセイスト ほしひかる