第577話 美味しいソース
けやき坂からⅠ
「江戸東京野菜のことで相談がある」
ホテルハイアット東京にある鉄板焼ステーキ「けやき坂」のシェフ本多さん(江戸ソバリエ)とハイアット東京に勤務されていた金村さん(江戸ソバリエ)からそんなご連絡を頂いたので、江戸東京野菜研究家の大竹先生(江戸ソバリエ講師)と六本木の店に伺った。
相談事の内容については、またの機会に譲るとして、本多シェフの見事な鉄板焼裁きで野菜や東京ビーフを頂きながらいろんな思いを走らせた。
「西洋料理をやるにはフランス料理ができないとダメなんですよ」
金村さんが言っておられたが、フランス料理は洋食の国際基準となっているから、それはそうだと思う。
そのフランス料理の神髄はソースである。だから逆からいえば、ソース作りを体系的な藝術として完成させたのがフランスであるから、フランス料理が洋食の王様となったのである。
そんなわけで、今日頂いた料理に、ソースを列記してみるとこんな具合だ。
一、ホワイトアスパラガス+マヨネーズ
一、フルーツトマト+バルサミコ
一、マグロ・万願寺唐辛子+蛤・浅利の汁
一、玉葱・佐土原茄子・長芋・じゃが芋
+ガーリックオニオン・白胡麻西京味噌・チリトマト・醤油・山葵
一、東京ビーフ テンダーロインステーキ
+ガーリックオニオン・白胡麻西京味噌・チリトマト・塩・山葵
一、ニンニクチャーハン・赤出汁・香の物
一、鉄板焼苺とアイスクリーム
数年前に来日されたHarold McGeeさんと「ほそ川」でお蕎麦を食べた時、彼からプレゼントしてもらった著書『マギー キッチンサイエンス』によれば、ソースとは風味を加えるもの。その風味の骨格をなすのは味覚(鹹味・甘味・酸味・旨味・苦味)、それを肉付けするのが臭覚とある。
またソースは主食材の付け合わせであり、食材に比べると食べる量が少ないので、風味を濃くする。ソースだけをスプーンで掬って口にしたときには味が濃すぎても、肉やパスタの上に少量かけたときにちょうどよい味となるようにする。なるほど、実に分かりやすい解説である。
ところで、われわれはソバリエだから、ここで‘蕎麦つゆ’のことを考える。すると、次のように書き換えることができる。
・・・ 食材に比べると量が少ないので、風味を濃くする。蕎麦つゆだけを口にしたときには味が濃すぎても、蕎麦に1/3ていど付けたときにちょうどよい味となるようにする ・・・
世界の眼で見れば、‘蕎麦つゆ’もソースの一種ということができるようである。ならば、関西の《かけ饂飩》はどうなるのか?
同じ麺類なので、われわれは《江戸の付ける汁》《関西の飲む汁》と分類してきたが、ソース論からいえば、《江戸蕎麦のつゆ》はソースであるが、《関西のかけ饂飩》はスープであり、そこに饂飩が入っている物、ということができる。もちろん《かけ蕎麦》も然りであるが、ともあれ江戸の蕎麦が世界一になったのは、蕎麦つゆの開発によるものなのかもしれない。
ステーキを食べながらでも、蕎麦を想うことができる。これがソバリエである♪
〔文・挿絵(春の江戸東京野菜) ☆ 江戸ソバリエ認定委員長 ほしひかる〕