第581話 あまい《ズッキーニの天麩羅》

     

~ 最近、美味しかった物 ~

 昼下がりの3時少し前、取材で、久しぶりに西荻の「鞍馬」にお邪魔した。
すでに女性の一人客が3名ほど座っておられた。卓の上を見るともなく見てみると、皆さんが《甘皮蕎麦》に《ズッキーニの天麩羅》を頂いおられるようだ。
そのうちのお一人はズッキーニの天麩羅に冷酒一杯を楽しんでいる。それが終わるころ彼女は《甘皮蕎麦》を頼んで小粋に食べて帰っていった。
私も天麩羅は好きだ。ただ野菜の天麩羅は微妙だと思うことがある。葉物は情けないし、根物は重くなる。その点、ズッキーニはちょうどいいのかもしれない。だからかどうか知らないが、近頃お店では《ズッキーニの天麩羅》をよく見かける。
しかし「鞍馬」のそれは他の店と一味ちがっている。噛むと‘あま味’が舌に伝わってくる。そこが絶品たる由縁である。どうしてか?
だいたいの物は天麩羅にすれば、油味のせいかほとんどの素材はあま味・うま味が増すようだ。その上に「鞍馬」のズッキーニは、新鮮さという‘あま味’がある。たぶん新鮮さを求めて早採りしたのだと思う。元来ズッキーニは南瓜の仲間だから、その良さが早採り天麩羅で引っ張りだされたのだろう。
店主は、蕎麦打ちの世界に入って物を作る楽しさを知ったという。そして美味しさを追及しているうちに、美味しさは素材で八割は決まるとの思いに達した。だからこそ、ズッキーニも一年の内に一番美味しい時季はいつか?と問い詰めた結果、5月の一週間だけの提供ということにしたのである。
一年に一度の出会い! これぞ美味探求の極意といえるだろう。

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〔文・挿絵 ☆ ほしひかる 江戸ソバリエ認定委員長〕