第235話 「ワクワクするような場所」

     

食の思想家たち二十四、村上龍氏

 

美しい時間

 江國香織氏と辻仁成氏の二人が同じ物語を連携しながら執筆した『冷静と情熱のあいだ』は、オトコの恋愛小説とオンナの恋愛小説を見せ付けてくれるようで面白い企画だった。ただし、それは若い恋人たちの話であった。

 一方、中年の愛の物語というのもある。

 人生の輝かしく豊かな「時間」、それをテーマに小池真理子氏と村上龍氏が共同で挑んだ小説がそれである。

 小池氏の「時の銀河」は ― 交通事故で亡くなった一人のオトコの、その妻と愛人がともに食事をしながら、彼と過ごした愛しい時間を振り返る ― 小池さんらしい危うい設定だ。

 村上龍氏の「冬の花火」は ― 恩師の死をきっかけに中年の夫婦が長崎へ旅行する。「花火は一瞬で消えるが、一体感のようなものを刻みつける」という先生の遺言に誘われて・・・。夫婦はハウステンボス ホテルズのレストラン ~「エリタージュ」だろうか?~ で食べたフランス料理の余韻が残っているとき、始まった花火を見る。そして豊かな時間を感じる。こちらは、いつもの「村上龍」とはちょっと異なった雰囲気だ。

 だが、二編ともにディナーを背景として描かれているところが、何か暗示的だ。

美食倶楽部

 村上氏には『村上龍料理小説集』という美食小説がある。ハウステンボス ホテルズの総料理長だった上柿元勝氏がデザートのように解説を添えている点もユニークだ。

 舞台はニューヨーク、パリ、ローマ・・・。そのうちの一編は、主人公がミラノで仕事を済ませ、特急に乗ってフィレンツェで2日過ごし、夕方ローマのテルミニ駅で下りて、友人と会った。「ここのパスタは絶品だよ」と言って彼は、スペイン広場のあるレスランに案内してくれた。

 その店で食べた3種類のパスタ ― 1)ペペロンチーノ、2)トマト、3)ブルーチーズに、彼は鼻腔をくすぐられる。

 読んでいる私も、「そうか、パスタはこういう風に楽しめばいいな」と感心する。イタリアにとって、1)唐辛子、2)トマト、3)チーズ ― この三種がパスタを高貴なものに変えたというから。

 それにそこに出てくる「フンギ」とやらの茸を食べてみたくなった。彼が言うには「動物が弱くなって動けなくなると茸に変化するらしい。だから、茸は植物ではなくて動物だ」と。

 こういう迷宮的な話を聞くと、谷崎潤一郎の『美食倶楽部』を思い出す。そういえば、二人の美食性行は類似しているようだ。ただし、潤一郎は女性的で、龍は男性的だ。

☆『初めての夜、二度目の夜、最後の夜』

 そんな男性的な龍氏には、こんな美食小説もある。

 舞台は、上柿元勝氏のレスランだ。少年・少女のころ、互いに魅かれ合っていた男女が大人になって再開、長崎の上柿元氏のお店で三夜にわたって豪華なフランス料理 ― 多久牛のポワレ、茨城産仔牛、フォアグラ、仔鴨、ホロホロ鳥、仔うさぎ、鮑、伊勢海老、オマール海老、トリュフ・・・・・・を食べる♪

 村上氏の『ワイン一杯だけの真実』も夢のような豪華な小説であったが、こちらもすごいメニューである。

 佐賀県多久産の牛のポワレのときはこんな風だ。―「おいしい」ミチコは呟いた。自分自身に呟くのではなく、私に向かって告げるのでもない、おいしい、という言葉は、吐息と共に自然に出てきたかのようだった。

 「吐息」とは上手い表現である。あるCMの中で、お酒を飲んだ女優さんの、甘く切ない桃色の吐息が堪らなく印象的だったことを思い出したが、こんな描写があちこちに見受けられるのも、「料理を作らない料理人」といわれる村上氏ならではのことだろう。

 でも、二人の話題は「あと三十分で世界が終わるっていう時に、思い出して確認できるような楽しかったことは?」という厳しい人生論だ。

 私だったらどうだろうか? この年齢だ、ビジネスではないことは明らかである。

 やはり、「趣味の蕎麦」を歴史で料理し、

 それに文学絵画音楽味付けをして、

 箸の代わりにボランティアで食べる。

 それをどこまでやりとげたか。ということだろうか!

 巻末の解説者・村山由佳氏は村上氏に言われたという。

 「居心地は悪いかもしれないけれど、自分がワクワクするような場所、しかも他者に出会うような場所を、自分で自分につくってやる。」

 そうやって戦い続けるのが、楽しく生きることだという。

 だから、村上氏は小説の中でもミチコに答えた。「オレの場合は、悪いけどそういうことの連続だ。」

参考:辻仁成『冷静と情熱のあいだBlu』(角川文庫)、江國香織『冷静と情熱のあいだRosso』(角川文庫)、小池真理子・村上龍『美しい時間』(文春文庫)、村上龍『村上龍料理小説集』(講談社文庫)、村上龍『初めての夜、二度目の夜、最後の夜』(集英社文庫)、村上龍『ワイン一杯だけの真実』(幻冬舎文庫)、

「食の思想家たち」シリーズ:(第235村上龍氏、234三遊亭圓窓師匠、224ほしひかる、222村上春樹氏、219新渡戸稲造、201村瀬忠太郎、200伊藤汎先生、197武者小路實篤、194石田梅岩、192 谷崎潤一郎、191永山久夫先生、189和辻哲郎、184石川文康先生、182 喜多川守貞、177由紀さおりさん、175 山田詠美氏、161 開高健、160 松尾芭蕉、151 宮崎安貞、142 北大路魯山人、138 林信篤・人見必大、137 貝原益軒、73 多治見貞賢、67話 村井弦斉)、

 〔エッセイスト ☆ ほしひかる〕