第690話 麺の東西比較

      2021/01/25  

『世界蕎麦文学全集』物語 32

 誰かが、ナイフとフォークはステーキみたいな塊を食うため。スプーンは粥などを食べるためと言っていた。それに加えて、日清食品の創業者の安藤百福(1910~2007)は「箸の歴史は麺の歴史」と述べている。だから箸食文化圏は麺食文化圏は重なる。当たり前のことだけど、ここに食文化の面白さと奥深さを感じる。
  というのに、ナイフ・フォーク・スプーン食文化圏のヨーロッパに、イタリアだけまるで突然変異のように麺のパスタが存在する。どういうことだろうか。                
  そこで東西、とくに日・中・伊の麺を見てみると、日本には涼性のいわゆる《ざる蕎麦》(汁なし麺)と、温かい《かけ蕎麦》(汁の中の麺)が在る。しかしイタリアは皿の上のパスタ(汁なし麺)を、中国は丼麺(汁の中の麺)を想い浮かべる。でもよく注意してみると、イタリアにも(汁の中の麺)が、中国にも(汁なし麺)があった。

 先ずイタリアパスタである。
 エッセイストの玉村豊男(1945~)はイタリアの田舎の食堂でパスタを注文したら、「Sugo(ソース)にしますか、bro do(スープ)にしますか?」と訊かれたという。
  そういわれれば、たしかにパスタ・アシュッタ(pasta  asciuttaソースをからませたパスタ)、パスタ・イン・ブロード(minestraスープパスタ)、そしてパスタ・アル・フォルノ(ラザーニャなど)がある。

 パスタは一般的に、南イタリアの乾燥パスタ(硬質小麦)、北イタリアの生パスタ(軟質小麦、卵を使わない)に分けられる。
  話は少しそれるが、その生パスタに「トリフの王様」と呼ばれているピエモンテ州アルバの白トリフ White truffleを使えば最高と夢見ていたら、北イタリアを旅行したソバリエの赤尾吉一氏から、乾麺の《白トリフパスタ》をお土産に頂いた。これ幸いと茹でて、冷蔵庫にたまたまあった博多の明太子をソースにして、頂いた。《白トリフパスタ》は開封したときも、茹でたときも、パスタ自体も独特の香りと味がして大変美味しかった。翌日は、ちょっと思うところがあって、その《白トリフパスタ》をミネストローネ風のスープにして食べることにした。こちらの方はスープの味が強くてせっかくの個性的な白トリフの味が消えていた。想像どおりだったが、あえてやってみた。個人的には、パスタはやはり汁なしが好みだ。

 次が中国麺である。
  手元に中国全省を食べ歩いた人の記録がある。坂本一敏(1941~)といって中国で旅行社をやっている人らしい。その彼が著書のなかで中国麺214種以上食べたうち、美味しかった《汁あり麺》ベスト10と、《汁なし麺》ベスト5をちょうど挙げてくれていた。

 それが次の15点である。
《汁あり麺》ベスト10
抻麺、楓鎮大麺、雪菜絲麺、福山拉麺、酥羊大麺、羊肉フイ麺、早堂麺、臊子麺、炸醤麺、蘭州牛肉拉麺。
《汁なし麺》ベスト5
大柳麺、拉条子拌麺、燃麺、馬肉米粉ルーツァイ、蝦子麺。

 冒頭で、「中国は丼麺(汁の中の麺)」だけの国のような印象があると述べたが、それは中国麺の汁が多彩で美味しいからである。日本の麺は「つゆ+出汁」のホッとする美味しさであるが、簡素である。その点中国麺全く違う。名前を忘れたけれどある一品など、トマト出汁の麺つゆの美味しさが今も忘れられない。もちろん今までにも、汁なしの《拌麺》の方も食べたことがあるが、中国麺の特色はやはり麺つゆにあると思う。
  ただ、ここでちょっと《拉条子拌麺》というものに注目したみたい。「拌麺」とは、茹で上げて水切りして器に盛った麺で《汁なし麺》の代表格である。そして「拉条子」とは長い麺のことである。坂本氏は全214食のうちこの《拉条子拌麺》を9ケ所で9種類を食べているが、そのうちウィグル自治区の7ケ所で違った《拉条子拌麺》を食べている。言葉を換えるとウィグル自治区は《拉条子拌麺》の王国の感がする。
  ウィグル自治区というのは隣接する青海省とともに〝最古の麺〟が遺跡から出土している地区である。
 だから《拉条子拌麺》は麺史の鍵を握っているような気がする。
 すなわち、麺は《汁なし》から《汁あり》に変化発展していったのであろうということである。
  というわけで、今回は《汁なし麺》と《汁あり麺》を分けてみたら、麺の歴史が見えてきたように思う。

『世界蕎麦文学全集』
安藤百福『麺ロードを行く』
57.玉村豊男「麺の東西」(『グルメの作法』)
58.坂本一敏『中国麺食い紀行』

文:江戸ソバリエ認定委員長 ほし☆ひかる
写真:白トリフパスタ