第704話『羊飼の食卓』

      2021/03/28  

~ ほし☆ひかる編『世界食文学全集』シリーズ ~

 アニマルウェルフェア、脱炭素、低エネルギー、自給率向上などに配慮した持続型畜産を試みる生産者・食品工房の活動を支援するために、トツプシェフがメニューを提案し、それを試食するという会がある。
  要するに、「食のグローバル化のなかでの国産畜産物の付加価値を創造する」ということだから、当然食材はその理念に叶う物ということになる。そこで今日の会では沖縄県の琉球古地鶏(沖縄県・高田農場)と、ジャージー放牧牛(広島県二本松牧場)を使った料理を「Casa di Camino」の川上春樹シェフが提案するという。

  先ず琉球古地鶏は、沖縄の地鶏の一種、野生種でまだ食用として改良されてない鶏。次のジャージー放牧牛は、水田で自然の草のみで飼育された牛。またリコッタチーズ(広島県・三良坂フロマージュ)は、自給飼料と里山の林間で放牧したブラウン牛と山羊から造ったというものらしい。

それを川上シェフが料理する。
《琉球古地鶏 マレンゴ風リゾット》
  シェフのお話によると、琉球古地鶏のしっかりした肉質とその味を活かすためには古式の料理法がいいと考え、“マレンゴ風”~ ナポレオンがマレンゴの戦いで勝ったとき、シェフがその場で手に入った食材で料理したというくらいのシンプルな料理 ~ にバターのみでソテーした。
《ジャージー放牧牛 ローストビーフ サルサヴェルデ 半熟卵 ケーバー添え》
 川上シェフは、噛み応えのある肉質から、放牧牛が草を食んでいる姿が浮かんだため、緑のソース“サルサヴェルデ”~ イタリアンパセリ、セロリの葉、アンチョビ、にんにく ~ を考えた。
《リコッタチーズ コーヒープリンのボネ仕立て》
  リコッタチーズは乳糖の甘味があっさりしている。それに合うようにコーヒープリンのボネに仕立てた、という。

 さて、ここからは感想であるが、まず拙い言葉でいえばほんとうに美味しかった。しかもその前に自然の光景が見えてきた。見事に料理された食卓の琉球古地鶏、ジャージー放牧牛、リコッタチーズを頂いていると、チョコチョコと歩いている放し飼いの琉球古地鶏に近づいて行くと、鶏が用心してサッと隠れてしまうところや、ゆったりと草を食み、時にはのんびりとした声で鳴いているジャージー放牧牛の姿が見えてくるかのようである。
   川上さんも頭の中でミレー(鶏に餌を与える女)やルノワール(牛飼いの娘)の絵のような光景を想像し、それからレシピを考える。まるで映画監督がまずイメージのコンテを描いてから映画作りに着手するかのようだ。おそらく五感の鋭いシェフだと思う。
   料理を頂く側の人間としては、地鶏や放牧牛の生きている姿から料理法へ到る筋がきっちり通っているから、地鶏の料理法はこれしかないだろう、放牧牛のソースはこれが定番だろうと思わせめるところが凄いと思う。

 アニマルウェルフェア的なことでいえば、早くに乱開発による環境破壊を憂いていた人がいた。神父でエッセイストの太田愛人である。彼は『羊飼の食卓』というエッセイのなかで、近ごろ土や草が安全ではなくなったことを嘆き、安全な草を確保するために食卓が必要であると述べていた普通なら、安全な食卓のために安全な草が必要と書くべきところ、彼は逆の書き方をして訴えているところがユニークである。
  太田がそれを上梓したのは1979年、『Japan as Number One』が大ヒットし、日本式経営が讃えられたころであった。著者の社会学者エズラ・ヴォーゲルは、Number Oneの原因として日本人の読書量の多さと、新聞購読者数の多さを指摘していた。
  ところがどうであろう。Number Oneになったとたん日本人は、誇りであった新聞や書籍読書を自ら棄ててしまったのである。「これからは情報の時代だ」という浮薄ながらも大きな波のような情報洪水に飲まれて、書籍から湧き出る智の泉を枯渇させてしまった。その結果、あらゆる順位において後塵を踏むことになってしまった。やはりヴォーゲルの指摘は正しかったのである。併せて犠牲にしてきた自然環境も元には戻らなかった・・・。

 だからこそ、食卓の今日の料理には、日本の迷宮脱出のヒントがあるのかもしれない。と、信じながら噛みしめた。

 

参考
*一社)全日本・食学会 シェフと伝える持続型畜産確立事業「シェフ畜東京食堂」
*太田愛人『羊飼の食卓』

 文:江戸ソバリエ認定委員長 ほしひかる