第705話 野良坊菜

     

~ ほし編『世界食文学全集』シリーズ ~

☆賢者の昼餐
   時々、江戸料理研究家の福田浩先生(江戸ソバリエ講師)と昼食を共にすることがある。ある日のこと、「日本橋 ゆかり」に行こうかということになり、今回は更科堀井の堀井社長(江戸ソバリエ講師)林幸子先生(江戸ソバリエ講師)松本さん(江戸ソバリエ)もお誘いすることになった
  料理の方は、お昼のランチセットにしたが、美味しさはさすがであった。
  それにもまして、福田先生、堀井社長、店主の野永さんは親しい間柄だから、言いたい放題のやりとりが楽しかった。われわれはカウンター席、野永さんはアクリル板の向こうの板前から、「あの人は料理が巧い、あの店はいい」という話から、逆に一刀両断的なことまで、まるで料理漫談だった。こうした厳しいお声というのは最高の料理人だから許されるのであろうが、お蔭さまで楽しい昼食会だった。食事会というのは、昼餐でも晩餐でも、かく楽しくなければならないと思ったものだった。

☆野良坊菜
  ところで、店主の野永さんは、食材として江戸野菜に興味をもってから、店のあるビルの屋上や、店を出たところの中央通りに江戸野菜を栽培しているという。   
  帰り際、東京のド真ん中の道路の花壇で見事に成長していた野良坊菜をスマホで撮った。
  野良坊菜は西多摩地方で栽培されている江戸野菜。いつの時代から栽培されたかは不明であるが、セイヨウアブラ菜系であるから、元は渡来野菜である。
  それに「野良」と名付けたのは野良着、野良仕事という漢字から見れば一目瞭然だが、見た目が野暮ったい菜というところから付けられたという。だが、どうしてどうして、写真のように立派なものだ。

 この野良坊菜は、今日のメンバーで行っている江戸蕎麦と江戸野菜を味わう会更科堀井の会」でも使ったことがある。
 ・令和2年2月、野良坊菜のお色直しと、野良坊菜と鴨の治部煮蕎麦屋仕立
 ・平成28年2月、野良坊菜の変わり蕎麦
 ・平成29年2月、野良坊菜ペースト泡善哉、の逸品だった。
  いずれも創作レシピは林幸子先生、料理は更科堀井。毎回皆さんに満足してもらっている。

  面白いことに、この野良坊菜など江戸野菜が出てくる小説がある。碧野圭氏の『菜の花食堂のささやかな事件簿3』というのだが、目次を見るとざっとこんな具合。
 ・小松菜の困惑
 ・カリフラワーの決意
 ・のらぼう菜は試みる
 ・金柑はひそやかに香る
 ・菜の花は語る
  野菜が主人公みたいだが、それもそのはず作者は江戸東京野菜コンシェルジュの資格をお持ちだ。内容は「菜の花食堂」が江戸野菜を使った料理を提供するといったものだ。題が「事件簿」となっているが特に大きな事件が起きるというわけではなく、出来事と思っていただければいい。まあわれわれが行っている「更科堀井の会」のことを小説にしたようなものでもある。
  それにしても、江戸野菜グループも人材が豊富であることに感心する。こうした野菜が主役の小説が続けば野菜文化はもっと広がるだろう。

  一方の、われわれ江戸ソバリエの人材も豊富だ。~蕎麦の花、手打ち、蘊蓄、食べ歩き、粋な仲間と楽しくやろう~の《江戸ソバリエ宣言》を持ち出すまでもなく、蕎麦栽培の会、蕎麦打ち会、勉強会、食べ歩き会、の仲間を募って楽しんでおられるし、その中にはプロもブロ並みの方もたくさんいらっしゃる。
   江戸蕎麦文化の盛美も大いに期待したいところである。

『世界食文学全集』
*碧野圭氏『菜の花食堂のささやかな事件簿3』

文:江戸ソバリエ認定委員長 ほしひかる