第724話 鳩 笛

      2021/07/15  

~ 三島由紀夫の深大寺 ~

   
今回は三島由紀夫(1925~70)の話です。三島といえば1970年(昭和45年)当時、若者だった人たちは、いわゆる三島事件に大変な衝撃を受けたものでした。
 手元にある三島の『鏡子の家』は、その事件よりだいぶ前の1954年(昭和29年)4月から1956年(昭和31年)4月の約2年を描いた小説です。
  その時代のことを私が勝手に述べますと、まずは1952年(昭和27年)に日本は主権を回復しました。ただそれは闘って獲得した独立というわけではなく、放免にちかいものでした。それから小説が書かれる前年の1953年(昭和28年)7月には、1950年(昭和25年)6月から始まった朝鮮戦争の休戦協定が結ばれています。
  しかしその間の朝鮮戦争特需のお蔭で日本経済は離陸することができました。そんなところへ1954年(昭和29年)3月に、第五福龍丸事件、すなわち乗組員がアメリカ水素爆弾実験による死の灰を浴びるという日本人にとっては悪夢のような事態がおきたばかりでした。
  むろん三島はこのような時代背景を小説には書きません。ただ三島のような戦中派にとって、経済は回復しても、見えない〝壁〟みたいなものを感じていたのでしょう。だからこそ、その壁に対してニヒリズムという考え方をもち出したのだと思います。三島自身もこの作品はニヒリズムの研究と言っています。

 さて、物語の主人公である名門令嬢の鏡子は30歳、夫と別れて娘と二人、親の遺産で生活しています。そんな鏡子の家にいつのまにか画家の卵の夏雄、拳闘家志望の峻吉、俳優の収、サラリーマンの清一郎や、女子など若者が集うようになりました。
  しかし読んでも、三島が言うほどのニヒリズムは流れていません。あったとしましてもそれは若者特有のものであり、あえて言えば俳優の収にニヒリズムが感じられるていどです。なぜなら俳優というのは自意識の塊でしょうから、ニヒリズムとは俳優のためにあるようなところがあるからです。
  そんな若者たちですが、とりあえずはそれなりのいいスタートを切ります。清一郎は副社長の娘と結婚してニューヨークへ、峻吉はプロとして第一戦でKO勝ちして華やかにデビュー、色男の収はボディビルで鍛えて肉体美まで手に入れました。
  そして夏雄は深大寺訪問によって人生が切り拓かれました。
  夏雄はいや三島は、深大寺を訪れ、水車の所から茅葺の山門の石段に向います。そして蕎麦屋「門前」を通りますが、三島は他の作品を見てもあまり食に関心がありませんから、そこは素通りしたようです。そして隣の「むさし野 深大寺窯」で鳩笛を買い求めました。それから山門に軽く頭を下げて弁天池の傍を通って、右手に折れて坂を上ります。三島は上りながら鳩笛を吹きます。
私も今度深大寺へ行ったら、鳩笛を吹いてみようかと思います。三島は、上った所で観た落日の荘厳さに打たれ、これを描こうと心に決めるのでした。そして夏雄の「落日」は展覧会で評判になり、新聞社の賞も受賞して有名人になりました。
 しかしこの後、四人の若者はスランプから落し穴に落ちてしまいます。峻吉は右翼団体へ、収は堕落のすえ女と心中、洋一郎は妻の事故に耐える日々、そして夏雄は世界が崩壊するという観念に襲われてしまい、霊能者のもとに出入りするようになりました。
  三島は、画家を感性、ボクサーを行動、俳優をナルシスト、サラリーマンを世俗性の象徴として選び、その裏面を落し穴にしたのでした。
 とうとう三人は、その落し穴から脱出できません。しかしながら夏雄だけは水仙の花を見つめるうちに、自分と水仙とが堅固な一つの同じ世界に属していると感じ、なんとか立ち直ります。そしてメキシコに絵の勉強に旅立つこととなりました。
  ここでまた、私の勝手な時代認識です。
 若者たちの物語が幕を迎えるころの1956年(昭和31年)、『経済白書』が「もはや戦後ではない」と宣言してから、日本人は自信をもち始めました。そして、そのころ流行し、みんなが飛びついたのが「日本は雑草文化」という考え方でした。これは昔から言ってきた「日本は、和唐折衷(江戸時代まで)、和洋折衷(明治以降)」の言い換えでしたが、アメリカから独立した戦後日本の人たちは「雑草」という力強い言葉に共感したかったのです。
  そもそもが「和唐」「和洋」折衷というのは、皮肉を言えば、日本人なのに、政治・経済・社会・教育のシステムは、唐式、洋式。それなのに、われわれは唐人でも西洋人でもない、かといって彼らに武力で強制されたものでもなく、〝時代の流れ〟という理屈にならない理屈で受け入れているという、まさに〝中途半端な壁〟が立ちはだかっているというのが三島の感覚だと思います。ですから迷える画家も、ボクサーも、俳優も、サラリーマンもみな三島由紀夫の投影です。この壁は亀井勝一郎の〝二重の異邦人〟(第716話)にも通じているのかもしれません。
  亀井の異邦人、三島の壁、同じことを心理学者の河合隼雄(1928~2007)は〝中空の思想〟といいましたが、はやい話、中は空っぽというわけです。  
  それでも、1960年(昭和35年)1月に署名した日米安全保障条約が6月に発効します。日本は空っぽだから受け入れたのでしょうが、三島の壁感はまた厚くなります。そして学生たちも60年安保闘争に突進していきました。
  これを予感していた三島は、古寺である深大寺の落日で開けた夏雄に、「秘すれば花なり」と悟った世阿弥に倣って壁を破らせようとしたのではないかと思います
  夏雄は、立ち直りました。
  そして、その姿を見せるために夏雄は鏡子の家を久しぶりに訪れます。
  「花一輪で立ち直るって、どういうこと?」令嬢育ちで身持ちだけは固かったはずの鏡子は、お別れにといって夏雄の肉体を奪います。母性と魔性は紙一重ですが、若者を庇護していたはず鏡子の、魔性が夏雄の創造を妨げようとしている行為なのでしょうか。その答えを三島は描いていません。
  三島はわれわれに投げかけているのです。
  深大寺を訪れて、落日を観ながら、空洞の鳩笛に息を吹き込んで鳴らしてみませんか、と。

参考  
三島由紀夫『鏡子の家』
『ものがたり深大寺蕎麦』シリーズ
 ・724話 鳩笛
 ・721話 謎の武蔵国司の乱?
 ・720話 深大寺白鳳仏はどこから?
 ・718話 白鳳仏 千年の目覚め
 ・717話 青春の白鳳仏
 ・716話 二重の異邦人
 ・715話 日本の中の朝鮮文化

文:江戸ソバリエ認定委員長 ほし☆ひかる
鳩笛 絵:深大寺そば学院學監 ほし☆ひかる