第730話 世界蕎麦 地球蕎麦

      2021/08/27  

☆ソバリエの店 北池袋長寿庵
   北池袋長寿庵(ソバリエの店)を訪ねるのは久しぶりだった。店主の飯高さんがソバリエ講座を受講される前、ソバリエの一ノ瀬さんと訪ねたのが初回だった。話しているうちにすごい彼の勉強熱心さに驚いたものだった。受講された後も、協会の寺西さんや松本さんと伺ったり、あちこちでお会いしたときも相変わらずの勉強ぶりにはほんとうに感心するばかりである。
 そんなわけで、あの店に行けば何かに出会えるという期待感があるので、池袋へ行ったのがちょうど昼刻だったから、駅一つ先の北池袋まで足を伸ばした。
  メニューを眺めていると、飯高さんから《トマトチリチーズ蕎麦》をすすめられた。
  たいていの人は、トマト、チーズとくればイタリアンのように受け取られると思うが、私は中国で食べた《トマト鍋》を思い出した。よく煮てあるせいか旨味たっぷり、やや酸味があるところがいい。個人的には忘れられない味の一、二の本当に美味しい料理だった。それが北京でも食べられるし、雲南省でも食べられた。雲南省のときは白身の川魚を煮込んであった。このことをちょっと説明すると、都会でも、地方でも、漢民族も、少数民族も広く食している《トマト鍋》ということになる。それに先述のイタリアンでもとなれば、世界に通用する料理ということになる。
     私は、多少なりとも海外へ行って蕎麦に関わっているうちに、いつのまにか世界に通用する蕎麦【世界蕎麦】という概念をもつようになったが、北池袋長寿庵の《トマトチリチーズ蕎麦》もその候補になるだろうと思った。
  ただし、世界に視野を向けるのもいいが、一方では足元も大事である。当店の地元のお客さんに歓迎される逸品でなければならい。商売、プロとはそういうことであると思う、みたいなことを飯高さんとお話ができたが、飯高さんもその通りだとおっしゃって、おかげで2時間ぐらいお話しただろうか。仕事の邪魔をしたのは申訳なかったが、食事は楽しく会話しながら〝ゆっくり〟するのがいいと思う。

☆世界食と地球食  
  ところで、この【世界蕎麦=世界食】という考え方は拙著『新・みんなの蕎麦文化入門』であげていることだが、もうひとつ「あとがき」の頁に【地球食=地球蕎麦】という概念も提案している。
 というのは、拙著の上梓予定は新型コロナ禍によって1年遅れた。しかしそのおかげでコロナ禍の遠因が環境破壊によるものということを知ったりしたが、そんなときに「朝日地球会議2020」というフォーラムに参加した。そのパネリストとして石坂産業(埼玉県三芳町)の2代目社長石坂典子さんという人が登壇されていた。その会社というのは、住民側から「この地域に産廃処理施設があることが問題だ」と会社を目の敵にされた。子供のころからこの仕事の必要性をよく理解し、また一所懸命に働いている父を尊敬していた。しかし「もし産廃会社がなければ、この社会はどうなるの」と申上げても通じないだろう。そこで彼女は父親に「私に社長をやらして!」と申し出て、膨大な投資をして産業廃棄物の削減とリサイクルを進めるようにしたという。他からも、もう人間は地下深い地下鉄を作ったり、天まで届くような超高層ビルを建てないで、地上で暮らすことをべきではないかという声も出ている。かつての〝夢の〇〇〟はもはや〝悪夢の〇〇〟と考えた方がいい。なぜならこれ以上地球を傷つけてはならないというわけである。
  こうした考え方は食品界も同じだろう。それが【地球食】という概念である。いま言われている「〝正しい〟生産と消費」ということもそういうことかもしれないし、もっと他にもあるかもしれない。
  いえることは、人類史上初体験の新型コロナ禍を漫然と見ているだけではダメで、考えなくてならないということである。

参考:
別冊『新・みんなの蕎麦文化入門』シリーズ
・730話 世界蕎麦 地球蕎麦

 

        〔江戸ソバリエ認定委員長 ほし☆ひかる〕
         写真:北池袋長寿庵の《トマトチリチーズ蕎麦》
              北京の《トマト鍋》