第795話 覚書:忘れられない食味

      2022/07/01  

 あちこちの蕎麦談義で蕎麦の美味しさについては語っています。
   でも蕎麦の美味しさについて語るには、蕎麦だけでなくできるだけ広い食を見ていた方が望ましいと思うことがあります。
   つまり、分母に食べ物の美味しさがあって、はじめて分子に蕎麦の美味しさがあるのだと思います。
    そこで、たまには蕎麦以外の食レポを覚書として書き留めておこうかなと考えました。

☆山芋の包み揚げ
   コロナ禍では、人流が抑えられ、江戸ソバリエ協会で言っている「蕎麦屋へ行こう」ということも難しくなりました。
   そんなときに参考になったのが、日本橋そばの会の岩井さん(江戸ソバリエ)の行動です。彼は勤務先一帯でのランチ巡りを徹底させていました。その地区と私の住まいはそう離れていませんので、私も何度か誘われご一緒しました。
   そんなことから私も、あらためてご近所(大塚界隈)の蕎麦屋巡りに目覚めました。
   大塚小倉庵(江戸ソバリエの店)、大塚長寿庵(江戸講師の店)、大塚駅前の岩舟、大塚の蔦屋、巣鴨の菊谷、巣鴨の栃の木や(江戸ソバリエの店)、駒込の小松庵本店(江戸講師の店)、北池袋chojuan(江戸ソバリエの店)、池袋そば助(江戸ソバリエの店)、雑司ヶ谷の和邑、目白のゆき(江戸ソバリエの店)・・・。
   そのなかの「岩舟」はカウンターが素敵なので女性客に人気があります。
   ここにはたいへんお世話になっているHさんとよく来ます。
   ご紹介したいのは《山芋の包み揚げ》と《豆腐よう》です。
  《山芋の包み揚げ》は擂った山芋を球のようにしたまま揚げたものですが、当然噛んだときはパリッ、そして中身は温かいふんわりした、健康的な触感の山芋です。他所では食べたことがありません。私のお気に入りです。

☆豆腐よう
   アルコールと甘い味のする豆腐です。《豆腐よう》といいます。
   といったら、甘酒のようなベタッとした味をお想いでしょうが、アルコール度が強いのでキリッとした甘さです。その汁が豆腐を妖しく濡らしています。
   沖縄の豆腐と泡盛で作る沖縄の名物らしいので、そういう店に行けば、食べられるでしょう。
   でも、私にとっては初めての出会いの、忘れられない味覚でした。
   そういうわけで、人様をここにお連れしたときは《山芋の包み揚げ》と《豆腐よう》をおすすめしています。

☆鮪しゃぶしゃぶ
   先日、全日本食学会の懇親会が渋谷のセルリアンタワーで開かれました。
   懇親会は立食形式でしたから料理を皿に入れて卓まで運んできます。しぜんに久しぶりにお会いした人たちと輪になります。そのなかに山本三紀さんがいらっしゃいました。「かりべ」にご一緒したのはコロナ禍の前のこと。もとから彼女は勉強好きなフードアナリストであり、チーズ、ワインの専門家であり、そのうえにさらに勉強されて、この度国家資格のキャリアコンサルタントまでとったというから驚きです。三紀さんは優しく気遣いの人ですから、コンサルタントにふさわしいと思います。
  それに彼女は人気のある人ですから、彼女の周りにはいろんな人たちが集まってきます。「ハナコ(江戸ソバリエの店)でお会いしましたよね」とイノベントの伊谷悠衣さんが、そして元気で人気者の「今半」の社長や、私をこの会に入ることをすすめてくれた「更科堀井」の社長も・・・。
  ところで、あれやこれやと話しながら立食でいただいていると、話に夢中になってどんな美食だってあまり印象に残らないものです。
  そのなかで、今日の《鮪しゃぶしゃぶ》はちがっていました。意外にもシャキとした粋な触感が忘れられない美味しさでした。ときどき思うのですが、食べ物というのは味覚は大事ですが、触感というのはそれより大きな効果があるような気がします。

☆海栗の大葉包み天麩羅
   ソバリエの横田節子さんと食事を共にするのは昨年の12月以来です。
   彼女とはおそらく性格は違うと思いますが、どこか息が合うので、というより、もしかしたら合わせてくれているのかもしれませんが、こうして時々食事をして話したりすることがあります。
   今日は人形町の「蕎ノ字」さんのカウンターに座っています。私の左は若い男女、横田さんの左も若い男女、その向こうはマダム風の女性2人で満席です。
   最初に訪れたのも横田さんのご案内でした。「家の近くに蕎麦屋ができたから、行ってみましょうか」ということでしたが、現在は「予約困難な店」にまで出世しています。かくいう今日の私たちも1ケ月半前に予約をしました。
  「天麩羅食って、蕎麦で〆る」が当店の謳い文句ですが、もはや蕎麦屋というより天ぷら屋として名が通っています。
  今日もお任せのコースですが、忘れられない二品をご紹介します。
  一つが《海栗の大葉包み天麩羅》です。
   あまくて、ほっこりした、まるで栗のような、忘れられない幸せの風味です。ウニは漢字で「雲丹」「海胆」「海栗」と書きますが、このときほどウニは「海栗」がふさわしいと思ったことはありません。しかしすでにこのような漢字が在るということは、古にウニを揚げて食べた人が「海栗」という字にしようと思ったのでしょう。記号みたいなカタカナより、漢字というのは想像力をかき立てる字だなといつも感心します。

☆鮎の天麩羅と黒ビール
  今日の驚きは《鮎の天麩羅と黒ビール》です。
  この組み合わせは、噂では聞いていましたが、実際に食べるのは初めてです。 
  苦味のある魚の内臓を美味しくいただくのに、苦味のある黒ビールに合わせる、まるで毒をもって毒を制するような組み合わせというわけです。
  動物は、嫌なものは絶対食べません。自分が食べられる物だけを食べます。
  植物しか食べなかった猿人が、食べる物がなくて初めて貝を食べることに挑んだことで、猿人から人間になったといわれています。さらに生の物しか食べなかったのを火で料理することによって、人類は「美味しさ」と「考える」ということを手に入れたといいます。そんなわけで、この苦味の組み合わせには、人類と食を物語るような味がしますといえば大袈裟でしょうか。

☆エシャレット & エシャロット
   趣味で畠をやっているという千葉の知り合いの人から「エシャレット」をいただきました。
   前に食べたときは、その生臭い辛味にあまり好感がもてなかったので、そっと用心深く口に入れて、噛んだところ、意外にも普通に美味しい味でした。
   何でだろう? もしかしたら種類が違うのかなと思って「美味しかったよ」と言いながらその点を尋ねてみましたが、「オレのは無農薬だから」というだけで、はっきりした理由は分かりません。
  そこで野菜辞典で調べてみますと、意外なことが判明しました。
  この手の野菜には、タマネギ種の「エシャット」と近縁種であるラッキョウの「エシャット」があるというのです。
  ラッキョウの「エシャット」の方は、「根ラッキョウ」という名では売れなかったので「エシャット」と名付けたら売れ出したそうです。
  その結果、「エシャット」も「エシャット」も混在して呼ばれるようになったらしいのです。
  「え~! じゃ私が食べたのはどっちなの?」というわけですが、くれた彼も詳しいことはご存知ないようだけど、どうも「エシャット」のようです。そのうえで、彼が作ったエシャレットの方が、前に食べた物より嫌な刺激がないため美味しく思ったということかもしれません。 
   たぶん、それは土が違うせいだろうと勝手に結論付けて一件落着させましたが、この出来事の遭遇から、知らないことは罪なことだと思った次第です。(続く)

                                    〔エッセイスト ほし☆ひかる〕