第871話 第四世代のために

     

 ある女子大における特別講座から ❺

  以上、渡来蕎麦、寺方蕎麦、そして江戸蕎麦と「江戸蕎麦学」の三本の柱を述べてきたが、要は渡来蕎麦が京の寺方蕎麦を経て、江戸に入って来たことによって、蕎麦は真に日本人の食べ物になったのである。言い換えれば日本人の心に沿った蕎麦となったともいえる。 
 これが分かってもらえば、この特別講義の意義はある。
 それに加えて、感想文に大学生らしい反応があったことが、何より嬉しい。
 例示すれば下記のような事柄であるが、同じ内容を一般の人に話しても大学生ほどの反応はなかった点が面白いと思う。
 
 一つが
食(蕎麦)文化興隆の構造とは、料理人(蕎麦職人)×客×マスコミ、ということ。
 料理は作っただけでは完成ではない。お客様に食べてもらうことで完成する。加えてその店のすばらしさを第三者が判断・広報することによって社会性が出て、蕎麦文化は興隆する。この点が地域限定の郷土蕎麦と性質が異なるのである。20世紀のフランス料理、21世紀のイタリア料理の興隆はこの構図に見事にのって、世界の食べ物となっていったが、19世紀の江戸四大食がその原型なのである。

 二つめが顔の見えるお客様のために美味しさを、顔の見えないお客様のためには安全を提供、ということ。
 家庭などの振舞や外食店などの食べ物は顔の見えるお客様のために料理を作る。対してコンビニ弁当や工場では顔の見えないお客のために作る食品などがある。基本的には前者は〝美味しさ〟が、後者は〝安全性〟が主軸となる。
 ただし、就職を前にした大学の学生さんには話しづらいところがあると思った。なぜなら、前者は外食店の料理人や職人の世界であり、後者は食品関係会社ということになるが、大学生の就職先はこの後者が多い。しかし一度はこのような尺度で分けられることを知ってもらっても損はないと思ってお話した次第である。
 感想文には、外食店でバイトをしたが、普段は美味しさに寄与する仕事ということになるが、たまにお持帰りのお客様がいらっしゃる。そういうときは安全性を重視しなければならないが、今まであまりそういうようなことを考えていなかったという一文だった。

 三つめの、第四世代の蕎麦店に行ってみたい、ということ。
 わが国の江戸から現在までの蕎麦店の推移を話した。
 第一世代:江戸の暖簾蕎麦店時代、
 第二世代:幕末から戦前戦後の機械打ち大衆蕎麦店時代、
 第三世代:ニューウェイブの手打ち蕎麦時代、
 第四世代:栽培にも関心をもつ美味しい蕎麦や料理を供する店。
 大人たちは過去・現在にしか関心を示さないが、若い人はやはり将来に関心が強い。第四世代の蕎麦店に行ってみたいという声があった。 
 味覚には、性差、年代差、地域差があることは拙著『小説から読み解く和食文化』で唱えていることだが、実は講演感想にもそういう差があると私は考える。
 ただ、ここは女子大であるから、皆さんに性差、年代差はない。だが私から見れば、年代差別は確実にある。それが、普段講演している人たちはほとんど関心を示さない第四世代への興味である。逆にいえば、若い彼女たちは過去の歴史的なことには理解が浅い。だから言葉も注意して、丁寧に話さなければならない。たとえば、精進料理や点心料理などの説明、そしてきちんと字で書かないと、いまの人は点心料理を天津料理と思うのかもしれない。やはり日本人は文字で示すことが必要であるとここでも思う。またこれは大人でもあるが、歴史を見る目には注意が必要である。たとえば昔の屋台蕎麦屋を現代の立ち食い蕎麦屋と同様に観て、「屋台のロマン」を語る人が多いが、昔の屋台は不衛生であるという現実も見ておかなければならない。それが歴史を見る目である。
 だんだん脇道に入っていくので話を戻すが、この度の特別講演で一番痛感したことは、社会人になろうとする世代の人たち、いわゆる「第四世代の学生たち」への食育は、子供や大人たち以上の大きな価値があるということである。それゆえに講師は真剣勝負にも等しい態度で臨むことが望ましいのではないだろうか。

《参考》
ほしひかる『小説から読み解く和食文化』

江戸ソバリエ認定委員長
和食文化継承リーダー
ほし☆ひかる