第896話 「花咲くだんす」
2024/05/07
☆横浜山手の薔薇の香り
昨年、小池ともこさん(江戸ソバリエ)の紹介で出演したラジオ局『ゆめのたね』のnokkoさんから声がかかって、今年も彼女の番組「花咲くだんす」に出演することになった。
みなとみらい線元町・中華街駅で下車、6番出口を出て、アメリカ山公園に出ると、たくさんの薔薇が咲き誇っていた。その薔薇の公園を通り抜けて「港の見える丘公園」を横目で見ながら右に曲がると、また薔薇の道だった。この辺りは「カフェ ザ ローズ」の薔薇の園である。ちょっと入りたかったが、今日は連休のうちの5月5日、お客さんでいっぱい。かつては五月といえば鯉幟と筍だったが、今は鯉は一尾も空に泳いでいない。代わって増えたのが薔薇だと思う。私は5月生まれなので、筍も薔薇も好きだ。その薔薇の香りを嗅ぎながら通り過ぎると、すぐ神奈川近代文学館前の交差点に着く。ここを右に入ったところにスタジオがあるが、時計は約束の時間の30分前。私は左折して近代文学館の喫茶室に足を向けた。収録などの大事な時は遅刻するわけにはいかないから、30分前着を想定して出発していたので、時間つぶしに喫茶室でお茶を飲むつもりだった。
☆桃尻レディ
霧笛橋を渡って文学館に入ると、「橋本治展」の開催中だった。
橋本治は、かつて『桃尻娘』が大ヒットし、映画もシリーズ化された。他に『窯変 源氏物語』などはよく知られていた。
ここの喫茶室は、実は若い女性中心で営なんでいる鮨屋(鮨喫茶「すすす」)だが、いつも企画展に沿った料理を提供している。いわば「食と文学」の鮨屋というわけだ。前回来たときは、「岡本かの子展」にあわせての《手鞠鮨》だった。彼女の作品に『鮨』という傑作があるからだ。 https://fv1.jp/87485/
というわけで、「今日は何だろう?」となかなか興味深い。
お品書を見ると《幕ノ内弁当》だった。橋本治の作品『大江戸歌舞伎はこんなもの』にちなみ、「歌舞伎といえば幕ノ内」にしたという。ただ今は、午後3時半、お茶の時間だからドリンクの《桃尻レディ》にした。それを飲みながら私も、橋本作品のひとつを大いにソバリエ活動で役立てたことを思い返した。
それが『風雅の虎の巻』のなかの「日本料理の巻」だった。そこには洋食と和食の基本的違いが述べてあった。つまり洋食は「一緒に食べるもの」、和食は「ご接待」であるとしてあった。そこから、洋食には互いが気持よく楽しむためのマナーが生まれたが、和食は接待から生まれた膳だから主・客の役割があるが、主が軽んじられると一挙に無礼講となる。この無礼講というのは楽しくて面白いため始末が悪い。果てはとても食の席とはよべないくらいに堕ちてしまうことが多い。
このことを基本概念としておさえ、江戸ソバリエとしてのお蕎麦の食べ方をまとめたのであった。
また、橋本の『生きる歓び』におさめられた「にしん」は、蕎麦と鰊に自分(浪人中)を重ねながら、退屈さと可能性をかくしもった青春を描いた短篇がある。蕎麦にそういう一面があることも事実だと思う。
☆共作表現
文学館には次回企画展「庄野潤三展」の案内がしてあった。それによるとトークショーの一つに江國香織さんの登場があった。聞きたかったが、生憎と6/29となっているその日は先約が入っているため、諦めなければならなかった。
江國さんには『蕎麦屋奇譚』というつい苦笑したくなるような作品があるが、それはさておき、私が感心したのは『情熱と冷静のあいだ』という小説である。江國香織さんが女性の視点から忘れられない恋の物語を綴り(『情熱と冷静のあいだRosso』)、辻仁成さんが男性の視点から切ない愛の奇跡を書いた(『情熱と冷静のあいだBlu』)のである。恋人・夫婦は二人そろって一つというモノの考え方を小説の共作という形で表現したものであろう。こんな小説を目にしたのは初めてだったから驚いたものだった。
さて、何を申上げたいかというと、昨日、嬉しいメールが入ってきたばかりだった。信州大の松嶋先生から「私(松嶋先生)が地方の蕎麦を書くので、ほしさんは江戸蕎麦について書いてほしい」とのことだった。女と男ならぬ、江戸蕎麦と郷土蕎麦、両麺から蕎麦を語る。面白いと思ったから、協力させてほしいと返信をしたところだった。
☆nokkoの「花咲くだんす」
時間がきた。4時にスタジオ入りして、30分のトーク番組、2本を収録させてもらった。内容は蕎麦の種や花などの話の花を咲かせようということで、ミレーの『種を播く人』から始めた。局の人たちから「猿と人間の境目は?」という話題など面白かったといわれた。帰り際、nokkoさん手作りの和菓子を頂いた。
放送は1本目が7月1-2週目、2本目が7月3-4週目の予定とのことだった。
インターネットラジオ局『ゆめのたね』のURLは後日あらためてお知らせしますので、どうぞよろしくお願い致します。
ほし☆ひかる
江戸ソバリエ協会 理事長
農水省 和食文化継承リーダー