第914話 「蕎麦」の反乱

     

日本語の文章作法

 初夏のころ、ある街を歩いていたら、「《すだち蕎麦》始めました」と案内しているラーメン屋があった。
 「ん? ラーメン屋の《すだち蕎麦》とは」とやや憤慨しながら、モノは試しと暖簾を分け、カウンター席に座って注文した。待っている間に説明を見るとご覧の通り「夏季限定の冷製油ラーメン」とある。
 実際に頂くと唇が油ギトギトの触感、正直いって「すだち」の必要があるのかなというのが、食後感だった。でもこれも料理の一つの形だから、嫌なら食べなければよいということになる。
 しかし、私が何に「やや憤慨」したかというと、小麦粉製のラーメンなのに「蕎麦」と書いている字にである。
 「蕎」という漢字は、約75日という短期間で育つから「喬=タカシ」という字に草冠をのせて創られた字である、だから「蕎」という字に「そば」「backweat」以外の意味はない。ゆえに、小麦製ラーメンを蕎麦と書くのは乱用、秩序を乱しているということになる。 だから、本物の「蕎麦」は漢字で「蕎麦」と書き、小麦麺を含めた麺全体をそばと思っている人は、「中華そば」とか「焼きそば」という具合にひらがなで書くのが一般的である。
 なぜ、こういう乱れになるかというと、漢字の「蕎麦」側の脇があまいからに他ならない。
 たとえば、葛粉で作った餅は「葛餅」と漢字で書き、小麦粉で作った餅は「くず餅」とか、「久寿餅」などちゃんと使い分けている業界は昔からある。「甘味」と「あま味」の使い分けなどもそうである。

 日本語の文章作法というのは、「指示対象が明確な概念で、それに対応する漢字がある場合は、一般に漢字表記をする(電気通信大学名誉教授:古郡廷治)、ということになっているはずである。

エッセイスト
ほし☆ひかる