第920話 郷土食の心

      2024/11/06  

☆ガストロノミーツーリズム
 南砺市利賀村のフランス料理店「レヴォ」や、北九州戸畑区の寿司屋「照寿司」は外国人の食通たちに人気だということをよく耳にする。
 そうした美食を求めて世界中を巡ることを「ガストロノミーツーリズム」といい、世界では1.5億人ほどいるらしい。そして海外から日本へは年間1000人の食通が押し寄せているが、まだまだ少ないといわれている。
  その利賀を私も用があって訪れようとするころ、『クローズアップ現代』(NHK)で「ガストロノミーツーリズム」の紹介番組を放映していたので、観てみた。
 予想通り利賀村の「レヴォ」や、戸畑の「照寿司」が登場しており、「レヴォ」は一人3万円、「照寿司」は一人4万円と言っていたが、実際に支払うときは倍ちかくになるだろう。それだけに美味しそうで、一度は食べてみたいと思えてくるのは避けられない。「レヴォ」の谷口シェフは、この地域ならではの食材を使うと言っていたが、とにかく盛り付けも美しい。
  ところで、この「ガストロノミーツーリズム」であるが、番組では①食を通して文化や歴史を知る、②サステナビリティ(持続可能性)への貢献、と解説していた。なるほどと思いながら外国人旅行者の声も注意深く聞いた。すると、
  a.食事は文化の一部、その土地の人々を理解する手段です。
 b.私にとっては、レストランに行くのはその国の博物館に行くのと同じ。
 c.輸送が少ない方が、食材にも地球にも優しい。

 おお、立派なことをおっしゃると感心した。ところが、
 d.猪、熊、鹿も地元の人は食べていますよネ。
 e.地元の食材を地元の人が食べているように食べたい。

 d.e.は現代ではありえない。となるとa.b.は建前だけとなり、c.ですら、物を運ぶ代わりに、あなた方が遠くからやってくれば、結局は同じことになりますよ、ということになる。これじゃ、銀座の中国料理、フランス料理、イタリヤ料理の名店が山奥へ引っ越しただけに等しい。これを「ガストロノミーツーリズム」と言っていいのだろうかと思ったりする。
 それに、この方式の原型は江戸後期の江戸会席料理の名店「八百善」が確立していた。日本の食材を和食の庖丁式で料理するところ、八百善は日本の食材を中国料理の術で料理させた。それが卓袱料理である。
           【食材×料理式】
 代わって現代では、地元の食材を使って、中国、フランス、イタリヤの料理法で提供している。これがその土地の人々を理解する手段といえるだうか、と疑問をもった次第である。
 そこで、知り合いの蕎麦屋Kさんが富山市にいることを思い出した。彼の店は予約のみ、1人2万円はいただくという。ところが彼は、年に何回か東京へやって来て、蕎麦の食べ歩きをやっている。彼が言うには蕎麦はやっぱり東京が一番らしい。時々東京の蕎麦を食べないと舌が鈍ると言っていた。江戸ソバリエといては当然だと考える。それでは、郷土蕎麦とは何なのか。山奥の高級レストランとは何なのか、さらに悩ましくなってくる。

 一方では、番組の中で、南魚沼市「郷土料理ツアー」というのが紹介されていた。地元住民と郷土料理を作り、発酵など雪国の食文化を学ぶというのが趣旨であるという。これなら「ガストロノミーツーリズム」といえるだろう。
 同じNHKで『小雪と発酵おばあちゃん』という番組がある。女優の小雪さんが全国各地の発酵食品を巡り、作り方を教わり、文化を知るという番組で、私が観ただけでも12本、12郷土の発酵食品である。これも本物の「ガストロノミーツーリズム」といえるだろう。

☆新そば祭り in TOGA
 令和6年10月26日(土)・27日(日)、南砺市利賀村で第二回新そば祭りin TOGAが開催された。
 富山きときと空港へ主催者の方に迎えに来ていただき、車で50㎞離れた利賀村へ連れて行ってもらった。ずっと前に女優の上野樹里さんが「レヴォ」を訪ねる番組があった。そのときもタクシーで向かわれたのもこの山道であったことを思い出した。実際の「レヴォ」は新そば祭りの会場よりもっと山奥だというが、美人女優と美食は絵になる。それも山奥のレストランだからこそ新しさが演出される。その情報はネットで拡散され、日本のガストロノミーツーリズムに寄与したことと思う。
 
 さて、「祭り」は、ボランティア・スタッフによって、とよむすめ(富山県産)、信濃一号、信州ひすいそば、階上早生階上そばの新そば計5000食が供されることになっている。
 また昭和47年当初からの蕎麦祭りの方針として郷土食の披露をするとされていることから、利賀川産鮎の唐揚げ、岩魚の塩焼き、五平餅(南砺市産新米)、五箇山堅豆腐、目の前の山で捕獲された熊汁なども地元業者から販売されていた。
 堅豆腐は、豆腐が中国から伝わった当初はこういう堅豆腐だった。南砺市と白山市がまだ作り続けている豆腐である。1個、自分用に買ってみた。私もあちこちの蕎麦屋で豆腐を食べていて、それをFBで「新・豆腐百珍」として二十珍まで掲載しとているから、追加しようと思ったからだ。
 熊汁も食べてみた。今でいえば豚汁のようなものだろうが、脂味は豚ほどしなかった。そこでこの熊は何処で獲れたのか、尋ねてみたが、アルバイト風の若い女性は何も答えられなかった。翌日になっておばちゃんが店におられたので、同じ質問をしたら、「うちの父ちゃんは猟師だから、そこの山で撃ったんだ」と答えてくれた。昨日、この話を聞きながら、食べてみたかった。それが本当の《郷土食》の食べ方だと思う。 
 蕎麦にしても、《とよむすめ》は富山県産ゆえだと分かる。でも、なぜ他県の信濃一号、信州ひすいそば、階上早生階上そばがこの会場にあるのかの説明がほしかった。
 しかし、こうしたことは当地だけではない。たいていの「〇〇祭り」の会場でも何も説明できないが、元気でニコやかな若い女子がお金を受け取って、プスチックの容器に入った食べ物を渡すだけである。これを筆者は、B級グルメとコンビニ流の販売が合体した祭りと言っている。そうして祭りのあとは、プラスチック容器の山が積もっている。
 アフリカでは南アはじめ二十数ケ国がプラスティックの使用を罰則化している時代である。日本がプラスティク大国の先頭に立ってはならないと思う。
 
 先のガストロノミーツーリズムでは、歴史・文化性、サスティナビリティが問われている。
 また、私たちは江戸ソバリエだから《江戸蕎麦》とは何かを定義しているが、対して《郷土蕎麦》《郷土食》の定義に明確なものはない。、
 これらの課題を、蕎麦界が、先頭に立って、取り組んでもおかしくないと思っている。

 でも、でも、
 何の杞憂もいらなかった。

 二日目の朝、宿泊所から会場まで20分ほどの距離を散歩がてら歩いて行った。
 途中、草叢のなかに在る、吉田甫さんの「蛇の淑女」というモニュメントと詩に、出会った。

 私は路傍に佇んで、二度 読み返し、涙が滲んだ。
 私は、「郷土食の心」がここにあると、安堵した。

 そして、何の脈絡もないのに、来年が巳年であることに、ある予感がしてきた。

   「蛇の淑女 」     吉田 甫
 
 いのちは大地から生まれて、大地に生きています。

 いのちを生む強いエネルギー、
 いのちを育む豊かさ、
 いのちを支える強さ、
 そしていのちが尽きて帰る場所となる優しさ。
 僕たちが立っている地表の下には、母なる大地がいます。

 蛇のスカートを履きましょう。
 大地を泳ぎましょう。
 山を掴みましょう。

 ここ利賀にもたくさんのいのちが人と共存し、
 大地と共にいます。

江戸ソバリエ協会
ほし☆ひかる

写真:富山きときと空港、新蕎麦祭り会場、北陸新幹線かがやき