第927話 五種のお蕎麦にめくるめく
蕎麦屋の「新・料理の三角錐」
お世話になっているRさんとHさんで一東庵を予約していた。が、前日になってRさんがどうしてもうかがえなくなったということで、Hさんとのデートの形になってお店の戸を開けた。
店内は、私たちを含めて7組の男女客だった。
小松庵の社長さんが、「蕎麦店をデートができるレストランにしたい♪」とおっしゃっていたのは、もう10年ちかくも前のことである。いまや銀座小松庵などはすっかりデートスポットの店になったが、他の蕎麦屋もそんな景色が見られるようになったと思いながら、椅子についた。
壁には、竹やぶの阿部孝雄さんの作品が飾ってあった。
「人生は自分でつくる」
こんな言葉を吐く人だから、阿部さんと話すといつも勇気がわいてくる。
「見えない 見えてくる 見える 運命」
運命は見えてくるような気がすることはあるが、「見える」と言い切れるまではとてもとても言えない私だ。
久しぶりに阿部さんにお会いしたくなった。
お品書きを見る。お酒は《伯楽星》、Hさんが「星」の名前から選んでくれた。
つまみは《五島の蒲鉾》。ご覧のように表面に皺があって、シコシコしている。佐賀出身の私には懐かしい懐かしい触感である。
そして私の定番の鴨と豆腐とチーズ。
《豆腐の味噌漬け》は最高に美味しい。《チーズの返し漬け》はクリームチーズとプロセスチーズの返し漬けであるが、クリームチーズの返し漬けは豆腐の味噌漬けと似ている。
それから《鴨ロース煮》は「煮る」としてあるが、実際は「蒸す」らしい。蒸したあと冷やしてあるから手間と時間のかかった料理であるがゆえに、美味しさを醸しているのだと思った。
そういえば、私は拙著『小説から読み解く和食文化』で「新・料理の三角錐」を提案しているが、そのなかで、料理には焼く料理、煮る料理、揚げる料理、生の料理、時間の料理があると述べている。
近々では、大塚岩舟の《鴨の鉄板焼き》、京金で《鴨の治部煮》、今日の《鴨ロース煮》、銀座小松庵で《鴨の肝》と食べているが、鴨の揚げ物はまだ経験がないな~と思ったりしたが、そのようなものはあるのだろうか。 それに、《豆腐の味噌漬け》と《チーズの返し漬け》は、まぎれもなく「時間の料理」だったが、このような料理をする蕎麦屋さんはめったにないだろう。
さて、いよいよお蕎麦である。長崎《対馬》、長崎《五島》、宮崎《高千穂》、島根《三瓶山》、長野《乗鞍》と五種続くと、舌は美味しさに眩み、幸せ感に浸りぱなしである。
そして蕎麦湯で締めて、「ごちそうさま。また来ます(実際、今月はもう一回訪れることになっているから)」と戸を開けて、店主ごご夫婦に見送られて、夜道を家路についた。
江戸ソバリエ協会
ほし☆ひかる