第936話 蜜の味
~ 美味しさの研究 ~
ここのところ蜂蜜との縁が続いています。
最初は、江戸ソバリエの岩波金太郎氏から、彼の著書『はじめての自然養蜂』をいただいたことでした。
彼は1997年から日本蜜蜂の飼育を始め、2010年には自然巣枠式の「か式巣箱」を開発したりしているそうです。
この〝か〟式、というのは金(カネ)太郎の〝か〟をとった命名でしょう。蕎麦打ちにおいても彼独自の一気加水法を編み出しているくらいですから、彼らしいところであると思います。
「か式巣箱」というのがどのようになっているかは、事情に暗い筆者には分かりませんが、たぶん蜂にストレスをかけないような蜂福祉の思いからの開発でしょう。またそれゆえに美味しい蜂蜜が期待できるというものです。
その本に目を通したころ、友人の三紀さんから蜂蜜の味覚テスト会に誘われました。これまでも幾度もこの会のお誘いをいただいているのですが、今回もまたいつものように、何種類かの蜂蜜を味わい、評価するものでした。ただその詳細をお話することは、正式な評価テストなので、ご容赦いただきたいところです。
続いて、味の素食文化センターで蜂蜜のシンポジウムがありました。
いつもお世話になっています料理研究科の冬木先生や、ソバリエの某さんなど顔見知りの方が何名か席に座っておられました。
そして、ここでも試食がありましたが、要は花の種類によって味が違って、甘いのにその底にやや刺激があるもの、刺激がなくて甘いもの。あるいは個性が強く重い味がする物、そうではなくて軽い味のする物など人によって好みがぢがいます。個性が強く重い味がする物という点では、私たちに縁が深い蕎麦の花の蜂蜜はこの個性の強い蜂蜜の最たる物だといえます。
結局は、どんな花の味が好きですかということになります。
シンポジウム終了後に、冬木先生とご一緒だった栃木の蜂蜜屋さんに純粋蜂蜜100%をいただきいて帰りました。
ソバリエの高田信夫さんから、中央アジアのキルギス共和国産の蜂蜜二品をいただきました。《エスパルセット ハニー》《マウンテン ハニー》という蜂蜜でした。前者は、キルギス高原に咲く牧草エスパルセットが蜜源で、後者は標高2000mで生えているハーブが蜜源だそうです。
二品とも初めて口にし、衝撃を受けました。
上段で述べた蜜の味は味覚のうちの甘味の種類比較でしたが、ギルギスの蜂蜜は触覚の美味しさだったのです。なぜなら上段で述べた蜂蜜は触感でいえばとろ~りとしたものでしたが、キルギス二品は塊にちかいのです。それなのに、とくに《エスパルセット ハニー》は絹のような触覚がして、魅力をこえた魔力にちかいと触味だと思ったのです。
「蜂さん、触覚が甘かったよ」と言いたくなるような忘れられない美味しさでした。
花と蜂。
蜜蜂が蜜を収集する方法は花の種類によって違うそうです。それを蜂たちは何十回も挑んで採集法を身に付けるのだというのです。また若造蜂はその先輩蜂の働きをじっと観て採集法を得とくするのだといいます。彼らの能力は非常に優れているというわけです。なのに、昔は人を見下すとき「虫ケラ」という言葉を吐いたりすることがありました。そういう奢った人間が、地球の生物を絶滅に追いやってしまったことはここであらためて言うまでもないでしょう。
ですが、気づいたときには、蜂などの姿が消え、蕎麦の花の受粉さえ危ぶまれるような時代に入っていたのです。
そこでやっと、遅まきながらも自然界の虫(蜂)と人間が共存できる地球にという声があがっているところですが、甘い蜜の味のためにも、時には辛口エッセイも必要でしょう。
江戸ソバリエ協会
ほし☆ひかる