第971話 立会川「吉田家」の蕎麦会席
時折、友人のSyさんが企画してくれる蕎麦会があります。
今回は、立会川の吉田家で行われました。京急立会川駅で下車して旧東海道へ出ます。右へ下れば立会川が流れていて涙橋が架っています。昔の江戸は川や運河が張り巡らされていました。現代でいえば、川が線路で、小舟が電車みたいな役割を果していました。ただここは、罪人が辺りで下され鈴ヶ森の処刑場へ連行されたので、永久の別れの「涙橋」というわけです。
吉田家は左折して東海道を少し上った所にあります。安政三年(1856年)には営業していたという老舗です。六代目の会長と七代目の若女将が迎えてくれ、係の人が奥の座敷に案内してくれました。昔の料亭のようです。廊下の足元の池には金色や朱色の立派な錦鯉がゆったり泳いでいます。部屋に入って庭を見ますと、陽光桜の赤い花弁に目を奪われますが、見ている間にもはらりと散って、まるで庭に赤い布を敷いているかのようです。つい先ごろまでは梅の季節でしたが、今はもう零れ落ちて、主役は桜に変わっています。これが春です。
席はだいたい顔馴染みの方でしたが、「江戸前 芝浜」のご主人が私の右側、そして左側には食空間コーディネーター協会のSmさんが座っておられました。
今日の「蕎麦会席」は、前菜、椀物、御造り、煮物、揚げ物、酢の物、焼物、食事(《かけ蕎麦》)、甘味のようです。そのなかで、生鰊さくら煮、甘鯛桜蒸し、桜鱒木の芽焼きと、素敵な食器の桜物が、続きます。
そういえば、花弁の散り方は、花によってちがうのだそうです。
桜は散る、牡丹は崩れる、朝顔は萎む、菊は舞う、椿は落ちる、梅は零れる、だそうです。もっとあるかもしれません。
季節ごとに吉田家を訪れたら、どんな「蕎麦会席」になるだろうと御献立を拝見しながら想ったりしました。
今日は特別に、御献立にない蕎麦が二種が供されました。一つは最初の《せいろ蕎麦》です。「小松庵」や「門前」でも、「始まりの蕎麦」とか、「迎え蕎麦」と称して供されることがあります。もう一品は《蕎麦掻》です。この蕎麦掻は珍しい物でした。蕎麦湯の中に蕎麦掻があります。ですが蕎麦湯は蕎麦掻が円形に顔を出すぐらい浅く張ってあり、そこに蕎麦つゆを垂らしてあるのです。ですから、何だろうと思わず見入ってしまう仕掛なのです。初めて目にする蕎麦掻の設え方だと思いました。

「江戸前 芝浜」さんがいらっしゃったから思いますが、【江戸料理】というのは、確立した「八百善」四代目の『料理通』を見てみますと、「蕎麦下地」をよく使用しています。ですから【江戸料理】は結局のところ濃口醤油と鰹出汁が基本だと思います。さらに八代目になりますと、「八百善」は蕎麦切も取り入れています。そうしますと、今日の立会川「吉田家」の蕎麦会席が江戸料理ではないかと思うところです。ただ「吉田家」の椀物は独自でした。
締めの甘味も料理とともにたいへん美味しいものです。素材をよく選び、丁寧に作られた甘味であることが、上品な味からよく分かります。「吉田家」の甘味は、甘味屋さんより美味しいといつも思います。
帰りは、主催してくれたSyさんと、コーディネーターのSmさんと三人で立会川駅から品川駅まで乗って再会を約束し、各々違う電車のホームへ下りて行きました。
江戸ソバリエ協会
ほし☆ひかる