📅 2026/08/11 執筆者:ほしひかるの蕎麦談義

第983話 幸運の豆乳


 江戸蕎麦研究会という勉強会が、偶数月に九段下で開かれます。開始は13時半からですので、その前に昼食を済ませてから会場に入ることになります。でも、九段下・神保町界隈は昼食の激戦地区です。なかなか適当な店がありません。
 あるとき、神保町から九段下に向かって歩いてますと、「台湾豆乳大王という店の前を通りました。横目でチラリと見ますと、女性客ばかりでしたので、そのまま素通りしました。ただ「大王」という店名が妙に気になりました。
 そんな話を友人の啓さんにしますと、「お豆腐や豆乳、大好き」と言われるのです。かくいう私も嫌いではありません。蕎麦店「岩舟」に行けば《湯葉》を頼みます。蕎麦店「一東庵」では美味しい《豆腐》をいただきます。だからといって《湯葉》の店、《豆腐》の店を目指して行ったことはありません。

 ただ、啓さんに大好きと言われてから気になったので、一回ランチを食べてみました。ン~、まあ何というか、豆乳料理に慣れていないので、評価はお預けにしておきました。

 そんなとき、ソバリエの島さんと打ち合わせがあったので、「台湾豆乳大王」にご一緒しました。彼は、某大学で教鞭をとっていた人ですが、若いころは中国で勤務していたといいますから、彼にお似合いの店だと思ったのです。案の定、中国時代は、朝食としてよく食べたとのことでした。
 さて、昼すぎるとお客さんが並び始めました。わたしたちは、珈琲店に場所を変えて打ち合わせをすることにしました。

 そして、話も終わったとき、アレッと忘れ物をしたことに気づきました。あの「台湾豆乳大王」に手にした雑誌を置いてきていたのです。戻りますと、担当の女性は昼間の人とはちがっていました。一所懸命探してもらいましたが、ありませんでした。まあ、雑誌一冊だからいいやというわけで、お騒がせしましたと店を出ました。そんなささやかな事件は五月半ばのことでした。

 それから八月の初旬、偶数月の勉強会の日が巡ってきました。

 たまたま昨日、啓さんと電話したばかりだからというわけでもありませんが、何かが閃いてランチはあそこにしようと訪ねました。もちろん「台湾豆乳大王」です。激戦時刻前の11時半ですから、すぐ座れました。
 注文して、待ってますと係の女性が「まちがっていましたらごめんなさい。前にお見えになられたとき、雑誌をお忘れではなかったでしょうか?」 エ!、今まで三か月ちかく経っていましたので、すっかり忘れていた私も、そうだったと思い出し、「ハイ」と申し上げました。その方は雑誌を持って来てくれました。

 こちらから「前に雑誌を忘れたことがありますが・・・」と確認することはあるだろうけど、お店の方が約三か月、数百人のお客の中の私を見付けて、声をかけてくださるとは・・・、イヤその前に啓さんに電話しなかったら、お店に来ることはなかったかもしれないと、ささやかな事件はささやかな幸運へと反転したのです。
 お蔭さまでその日のランチは幸運の味がしました。帰り際、「また来ます」と申し上げて外に出ましたが、辺りの景色までも幸運の色に見えてきました。

エツセイスト
ほし☆ひかる

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