第333話 Pick up the pieces+Sax a go-go♪

     

~「コーヒー・ブルース」はお好きですか?~

【☆ ほし絵】

久振りの「玉笑」だった。恵比寿にあったころ以来だというのに、店主と奥さまが席までご挨拶に見えられ、恐縮した。
お蕎麦は相変わらず美味しかった。
同伴の女性も美味しいと賛美していたが、この女性も3年振りの再会であった。
元旦に頂いた賀状に「東京に戻ってきているから会いたい」と添え書してあったから、それなら二人の中間になる渋谷にしようというわけで、「玉笑」にしたのであった。
「子供は元気?」
「小学生よ」
「へえ、もうそんなになったのか」
聞きようによってはあやしい会話に思えるが、そんなことはない。それはこれからの話でお分かりになるだろう。

結論から先に言うと、彼女を知ったおかげで、私は人間の面白さを知ったと言っても過言ではないくらいだ。
じゃあ、どんな女性かというと、桁外れの仕事大好き人間で、儲けることが大好きな人だと言えばいいだろうか。それが桁外れに異状なだけに恋愛や趣味や遊びには全く興味を示さない。
このようなことは、言葉だけでは伝わらないだろうから、一例を述べてみよう。
若いころから株取引をやり、あるていどの資金を手中にするや化粧品会社を創立。それが順調になったころ、会社を大手の化粧品会社に売り飛ばした。その額をここで言うわけにはいかないが、田園調布に大邸宅を建て、軽井沢と熱海に別荘を買ってもまだ余裕があると言えば、想像はつくだろう。しかし、金のことは話を分かりやすくするために持ち出しただけであって、本当はそのブロセスが並外れていて、面白い。だが、それを述べているとキリがない。とにもかくにも、30. 40代の女性が、ウン十億以上の資金を操るのだから、その方面の能力が微塵もない小生の想像を気持がいいくらい越えているというわけだ。
株、事業家、会社購入・・・、どこかで聞いたことのある話だ。そう、銀座で一、二の美女であることと、恋愛の部分を別にすれば、「コーヒー・ブルース」の主人公恵子さんの何分の一かは彼女がモデルなのだ。
彼女との長い面白い交流の御礼として小説の中で再現させてもらっているが、その始まりは彼女が28歳ごろだったろう。
当時は「ニュービジネス」という言葉が横行していたが、そんな会で名刺交換をして数日後、「お会いしたい」という手紙をもらったのがきっかけだった。
それから何やら彼やらと相談を受けるようになったが、実は彼女にはブレーンらしき人たちが山のようにいた。医師、薬剤師、栄養士、心理療法士、弁理士、会計士、弁護士、研究者、銀行マン、証券マン、マスコミ・・・、掲げたらキリがないが、これだけでも凄い。皆、彼女の魅力に引っ張られ、相談に乗っている。
じゃ彼女は、私に何を求めたかというと、分からない。あえていえば、企画力みたいなことだったのだろうか。たいていの人は私には文章力があると言うが、彼女は「文を書くにはその奥に構想力、企画力があることが、貴方と話していて感じた」と言っていた。
お蔭で、そのころの自分にそのようなものの一片があることを意識するようになったことも事実である。
会社の方は叔父さんを社長に据えて実務的なことは任せ、自分は会長となって、戦略、投資、開発面に専念していた。
そして東日本大震災前ごろに会社を売却し、震災直後に福岡に引っ越して子育てに専念した。しかしお子さんが小学校に入るのを機に東京へ戻って来たというわけである。
会ってお話していても、昔も今も面白そうなことに強烈な関心を寄せる点は相変わらずだった。
そして笑いながら言う。「私には母性なんかないのよ、子育ても事業感覚よ」。
「なるほど、それは君らしい。だったら、女性のリーダーとして、もう一度先頭に立てよ。」そう言った私の頭の中には、颯爽として「Pick up the pieces+Sax a go-go♪」を演奏するキャンディ・ダルファーの姿があった。

https://www.youtube.com/watch?v=ogJfEXBOdg8

〔エッセイスト ☆ ほしひかる