第83話 Millet「種をまく人」
古書店は普通の本屋さんとはちがう空気の匂いがする。それはタイムスリップした時間の匂いかもしれないと思ったりするが、言い過ぎだろうか。
とある日、神田神保町の古本屋街でロマン・ロランの『ミレー』(岩波文庫)を購入した。高村光太郎がエッチングしたという岩波文庫のマーク「種をまく人」が妙に目に入ったからだ。
ミレー(1814-75)の「種をまく人」は「蕎麦を撒いているのだ」と、その本には書いてなかったが、どこかで聞いたことがある。
そう思ったら、その絵を所蔵している山梨県立美術館に行きたくなった。
「新宿発あずさ○号に乗って、甲府へ向かい、駅前からバスで美術館へ。そして足は真っすぐ一番奥のミレーのコーナーに急いだ。
そこで、先ず訊いたことが「『種をまく人』はの種は蕎麦ですか?」であった。係の人は「そうです」と答えた。蕎麦人としては、これで一安心というところだ。
この絵はパリ郊外のバルビゾン村で1850年に描かれたものである。
最も印象的だったのは、種をまく若者の力強い右脚、とくに太腿だ。今でいえば青いジーンズを穿いたその姿から、力強さと野趣性を感じとることができる。
とすれば、この絵は、息子ミレーの記憶にある、頼りがいがある父親の蕎麦播く姿を思い出して描いたのだと思った。
ミレーの家族は、父が播いた蕎麦を収穫して、ガレットなどを食していたのだろうか?
参考:ロマン・ロラン『ミレー』(岩波文庫) 、ミレー「種をまく人」(山梨県立美術館)、NHK日曜美術館「夢のミレー」(22.11.14)、ほしひかる「種を播く人」(『新そば』No,133)、
〔エッセイスト、江戸ソバリエ認定委員長 ☆ ほしひかる〕