第445話 出流 白そば

     

 ~ 不易流行から生まれた創作そば ~

☆豆腐
「豆腐で蕎麦を打ったから食べに来ませんか」
『とちぎ江戸料理』をプロデュースされている料理研究家の冬木れい先生と、出流山(栃木市)の蕎麦屋さとやさんと、栃木市観光協会からそんなお誘いを頂いた。
ただし、これには条件が付いていた。
「その蕎麦に名前を付けてほしい」というわけである。
荷が重いことだが、とにかく出流山に向かった。

そもそも「蕎麦を豆腐で・・・」というのは、『料理物語』(1643年)や『料理山海郷』(1749年)にも紹介してあるところからすると江戸初期・中期ごろにはあったようだ。
前書には「蕎麦切は飯のとり湯、ぬるま湯、あるいは豆腐を擂り水で捏ねる」とあり、後書には「蕎麦粉一升に玉子三個か、豆腐一丁で捏ねる」とある。
また地方でも、豆腐を入れて水で捏ねる山梨県身延町の蕎麦》や、生大豆粉を少しずつふり入れてよく練る《津軽蕎麦》などが伝統的にあったらしいが、これらは先の『料理物語』や『料理山海郷』の影響と考える方がしぜんであろう。

ところで、この豆腐というのは、中国で唐中期以降に作られるようになったものらしい。その理由というのが面白い。中国の南北朝・隋・唐代に、北方の遊牧民族が中原を攻めたとき、乳加工品が入ってきた。その後、牧畜をやらない唐人たちが白い食べ物が食べたくなったとき、乳製品の代用として大豆を使った豆腐考案したというのだ。
ずっと後の現代の話だが、日本でも30~40年前に豆乳というのが商品として市場に登場したとき、「牛乳の代わり」みたいなことが歌い文句になっていたと思うが、まさに豆腐自体が乳製品の代用品だったのである。
その豆腐は、平安末期か、鎌倉初期頃僧侶によって奈良に持ち込まれた。
以来、京都、そして全国へ広まり、もはや《湯どうふ》《冷やっこ》は和食の代表のような食べ物となった感があり、日本人で豆腐の嫌いな人というのはお目にかかったことがない。
それに蕎麦の歴史を見てみると、豆腐や原料の大豆と蕎麦は縁が深い。
江戸蕎麦(町方蕎麦)以前の寺方蕎麦の時代、蕎麦つゆは味噌垂だったり、出汁を
大豆でとっていたりしていた。
だから、蕎麦と豆腐の組合せにはまったく違和感がないというのが、私の認識であった。

☆出流 白そば
懸案の蕎麦は、「さとや」さんが、つなぎに木綿豆腐を使って打ちつゆは豆乳で仕立てたという創作の白い蕎麦だった。素材の豆腐、豆乳は珍しくなくても、完成した蕎麦は〝不易流行〟の賜物というところだろう。
聞くところによると、まだ食べたことはないが、中国の内モンゴルの人たちの食べる蕎麦の中にヨーグルトかけ蕎麦《スーテイ・タン》というのがあるらしい。
つまり『蕎麦+乳製品』というわけであるが、先述の豆腐由来を思い出せば今日の『蕎麦+豆腐・豆乳』も不思議ではないということになる。

さっそく啜ってみると、蕎麦は‘腰’があって、豆乳つゆも美味しく蕎麦とよく合っていた。薬味のかいわれ大根も豆乳のミルキー味を締めてくれていた。
実をいうと、この薬味の役割が大きいと思う。
お蕎麦も和食であるから、和食の特質のひとつである‘切れ味’感みたいなものが大切である。豆乳が植物性の油味だとはいえ、元々は乳製品を模して誕生という由来を抑えるには、この薬味が重要だ。だから、かいわれ大根がいいか、柚子がいいか、紫蘇がいいか、もっと試してみる価値はあるだろう。
それから、冷たい蕎麦は‘腰’が肝要だが、「さとや」さんの腕は確かである。

ところで、言われていた名前であるが、見た瞬間から《白い蕎麦》が頭に浮かんでいたが、自宅に帰ってから、あらためて考えてみた。
《豆腐そば》という名前にすると「豆乳つゆ」が消えるし、《豆乳そば》にすると「豆腐つなぎ」のことが消える。
そこで、代わりに使える豆腐の別称はないかと調べたが、別称は「しらかべ」と「奴」ぐらいしか見当たらないし、また豆乳の別称もなさそうだ。
そこから「しらかべ → 白」と「奴 → ヤッコ」を使用してみた。
一案《白い蕎麦切り
二案《白そば
三案《出流山ヤッコそば
《ヤッコそば》だけだと軽い感じがしたので「出流山」を冠した。
また《白そば》の場合も短すぎるので、「出流」か「出流山」を付けた方がいいだろう。
他に、《出流そばホワイト》なんていうのも浮かんだが、冬木先生に「とちぎ江戸料理の一環だから、カタカナは駄目ですよ」と釘をさされていたので、頭から消した。

結論としては、「豆腐つなぎに豆乳つゆのお蕎麦」にはやはり「」が似合うだろう。
それに「白」は「白い歯」「白いシャツ」「白いハンカチ」など、清潔とか、健康のイメージがあるから、ヘルシーといわれる豆腐・豆乳に合うのかなと思っている。

白っぽい蕎麦といえば、更科粉で打った江戸の《更科蕎麦》は本場中の本場だが、出流の「豆腐つなぎに豆乳つゆのお蕎麦」は別次元の白い蕎麦だ。
他所にはない創作の《出流 白そば》だから、多くの人たちに味わってほしい♪

《参考》
*出流山そば:『蕎麦談義』第397話
*とちぎ江戸料理:『蕎麦談義』第346話
*大岡玲『日本語グルメ語辞典』(小学館文庫)

〔文 江戸ソバリエ協会 理事長 ほしひかる ☆ 書 白遊〕