第580話 日本の蕎麦がスペインで花開く日
2019/06/11
松本浅間温泉にてⅡ
松本浅間温泉のホテル玉乃湯は「信州そば切りの会」の事務局長山崎良弘さんが経営するホテルだ。ここで供される蕎麦は大人気。
蕎麦打ち場はホテルの二階にある。そこで蕎麦を打っているのは、スぺイン人のイグナシ・カロンジャさん。蕎麦修業のために日本にやって来たのだという。
イグナシさんは2015年に日本人女性の奥さんと初めて日本を訪れ、京都の「かね井」などで食べた蕎麦の味が忘れられず「蕎麦店を開きたい」と夢をもつようになった。
2年後に再びやって来たイグナシさんご夫婦は、蕎麦の名店巡りをした。その途中で何と!江戸ソバリエが運営する神田そば研のワークショップで初めて蕎麦を打った。そのとき蕎麦打ちを手ほどきしたのが江戸ソバリエの菊地佳重子さん。彼は「筋がいい」と菊地さんに褒められたことを覚えている。
そして蕎麦旅行の最後に訪れたのが松本市。たまたま立ち寄った蕎麦の店「かまくらや」で、「バルセロナで蕎麦屋をやりたいと思って、その視察のために来日している」と話したところ山崎さんを紹介してくれた。
これまでも山崎さんは、ホテル運営のかたわら、スペインのカンタブリア州やカスティーリャ・イ・レオン州で蕎麦栽培の支援活動をやってきて、「JTB交流文化体験賞」で第3回最優秀賞を受賞するという経歴をもつ人だった。山崎さんは大学時代にスペイン語を選択していて、しかも蕎麦打ちも名人だ。イグナシさんにとって頼り甲斐のある人となった。
一旦帰国したイグナシさんは勤務先インプラントのラボラトリーを退職。あらためて今年の1月に単身で来日した。まずは奥さまの知り合いの大阪の「蔦屋」で1月から5月6日まで修業。その翌日の7日から今度は山崎さんのもとで指導を受けている。ここは日本旅館だから料理も学ぶことができる。近々、イグナシさんが打った蕎麦や料理がバルセロナで食べられるだろう。
そんなイグナシさんの生まれ故郷ガロッチャ地方では2軒の農家が細々と蕎麦栽培を続けているという。彼は故郷のガロッチャの蕎麦栽培を盛んにしたいと夢は果てしない。
ホテル玉乃湯の玄関では道祖神がお迎えしてくれる。それはご承知のように夫婦が支え合っているようなお姿である。
見る者にとっては、ともに夢を叶えようとしているイグナシさんご夫婦か、あるいは若者を支援する山崎さんご夫婦のようでもある。
〔文 ☆ エッセイスト ほしひかる〕
写真:玉乃湯の道祖神、イグナシさん