第586話 江戸前の《煮穴子》
~ 最近、美味しかったもの ~
『danchu』の仕事で「TOKYO蕎麦めぐり。」をさせてもらっている。
ご一緒するのはモデルのNOMAさん、お父さまは日本人、お母さまはアメリカ人だけれど、「お蕎麦が大好き」ということだった。
「NOMA」という名前で私が耳にしたことのあるのは、世界一だといわれている新北欧料理のレストラン「noma」である。もちろん行ったことはないが、店名は「北欧nordisk+料理mad」 から「noma」と名付けられたと聞いたことがある。
彼女の方の名前の由来は知らないが、とにかく世界の違う人とどこまで話が合うだろうかとちょっと心配だった。
でも、そのうちにご出身が私と同郷の佐賀で、高校も一緒だということが分かって、グッと親近感がわいてきて、かえって楽しみになった。
お会いしたときの第一印象は、目と口が可愛らしく、『ローマの休日』の頃のヘップバーンに似てなくもないと思った。若い方に対して、往年の女優さんをたとえに出すのは申訳ないが、上品な感じを受けたということで許してもらいたい。
お話していても二人の間の空気に違和感はまったくなかった。よく使われる言葉の「初対面のような気がしない」感じである。それは蕎麦好きという共通の物があることより、むしろ同じ郷土で育ったせいかもしれなかった。その上に大学教授であり空手の先生でもあったお父上から厳しく育てられたという彼女には、古風なところがあって、タイミングが重なると機転を利かせて聞き役に回るところがあった。おかげで私の方がしゃべりすぎるきらいがあったが、植物・縄文・宇宙などに興味があるという彼女の才をもっと引っ張り出してあげなくてはと反省している。
さて、シリーズ1回目は江戸の蕎麦屋の逸品料理は‘地産地消’で生まれたことを申上げたくて、東京の老舗の「室町砂場」でトークした。
2回目は、ニューウェイブという波に乗って‘手打ち蕎麦’が登場したというコンセプトで「ほそ川」を選んだ。
その「ほそ川」は蕎麦はむろんのこと、逸品料理からデザートまですべて美味しいことは知られているが、なかでも私の一押しは《煮穴子》である。穴子はもちろん元々江戸前であるから、寿司・天麩羅のネタにもされてきた。
だが、最近は全国各地の美味しい穴子が手に入る。それを醤油・味醂・砂糖・酒を煮詰めた垂れで煮るわけだ。
その《煮穴子》をぜひNOMAさんに味わってほしいと思って、今日「ほそ川」を選んだわけだ。
ふわっとした感触は細川さんの腕だろうが、その旨味と柔らかさには‘幸せ感’がある。そして締めに《祖谷のざる蕎麦》を啜ると、こちらは確かな‘存在感’があった。
こんな具合の多様な美味しさを供するのは、名人だからできることだと思っている。
さて、三回目はどのお店にしようか♪
NOMA+ほしひかる「TOKYO蕎麦めぐり。」
↓
https://dancyu.jp/series/tokyosoba/
〔文 ☆ 江戸ソバリエ認定委員長 ほしひかる〕