第832話 珍しい《水越蕎麦》
~人の行く裏道に花あり~
ソバリエのトモさんとトシさんに、牛久の「季より」に行きましょうと誘われた。というよりか、トモさんの知人の「あべ処」さんという女性が「季より」を訪ねるから一緒に行こうということだった。トモさんによると、彼女は小豆島に住んでいて、オリーブオイルの仕事をしながら、半プロとして蕎麦打ち活動をやっている人だから、紹介したいという。
その日、私は日暮里駅から常磐線土浦行「K417」に乗車し、牛久駅で下車した。ホームの向側の線路の行き止まり辺りに工事専用車が停まっていた。珍しい車両なので写真におさめ、それから改札口を出ると、「消毒駅」という駅名標が目に入った。コロナ禍で駅が一つ増えたのかなと思いながら、手を出して消毒をした。そして待っていると、1本後の電車でトモ、トシ、あべ処のお三方がやって来た。
私たちは駅前から、タクシーで「季より」へ行った。
入口の門柱と塀は、枕木だった。線路の枕はつい先ごろまで木製だったが、ここ5,6年ぐらい前からコンクリート製に変わってきたための、いわば廃物利用であるが、これを観ただけで店主の生き方が少し分かったような気がした。それから玄関を入って部屋へ案内された。
昼はコースになっている。前菜の《メリーゴーランド》と、蕎麦は選べるので《粗挽せいろ、田舎蕎麦世、水越蕎麦》と、お酒を注文した。メリーゴーランドはみんな素晴らしかった。特に《鮭の燻製》のほどよい燻製が美味しかった。また《昆布出汁の蕎麦の実粥》は出汁がやさしかった。
さて、蕎麦である。粗挽せいろと田舎蕎麦は分かるが、《水越蕎麦》というのがある。「これって何だ?」と思う一方、微かに聞覚えがないでもないような気がしていたところ、すかさずトシさんがスマホで検索してくれた。あの「仁べい荘」の石井さんの作らしい。やはりどこかで耳にしたことがあるような気がすると思ったら、そうだったのか。でも食べたことがないから楽しみだ。
粗挽せいろと田舎蕎麦を頂き、最後に出てきた《水越蕎麦》は、細切りで、蕎麦の香りと味がする。店主に作り方を伺うと、粉は微粉、加水は65%くらい、ゆっくり少しずつ加水するという。トシさんが一度挑戦してみたいと言っていたが、裏をかいたような蕎麦だ。
この加水65%と先ほどの入口の枕木は、私の中では一つの言葉で繋がった。それは「人の行く裏道に花あり」である。つまり人と同じことはやらない。それが「季より」さんの信条だろうかと拝察していたら、廊下に、先日お邪魔した「あべたかお・久高将也二人展」のチラシが置いてあった。
これで、やはり「竹やぶ」系らしいと納得した。
ところで、《水越蕎麦》も珍しかったが、「あべ処」さんも興味深い人だった。人間は、男女、年齢、出身地によって色々と差があるし、それが関心度に影響する。彼女は私の子供たちより若いから、孫を観るような目で接していると何かがちがう。しかし何がちがうのかよく判らないままに、彼女はネット上の友達の中から、ソバリエに向いているという蕎麦女子たちを次々と紹介してくれた。驚いたことに、リアルな付き合い、ネットだけの交流にも関わらず、相手の女子たちの性格をよく把握しておられる。そして彼女と言葉を交わしているうちに、何となく違いが分かってきた。彼女ら世代は、もはやネットとリアルに境界がないのである。
和風諡号というのは時代を映しているという。戦前の昭和は「戦時」だった。戦後の昭和は「高度成長」。平成は「グローバル」。そして令和はそういう時代なのだ、つまり昭和も平成もとっくに終わっていたことを思い知った。と同時に、これからは令和の人たちのために動かなければと痛感した牛久行だった。
〔江戸ソバリエ ほし☆ひかる〕