☆ ほし ひかる ☆ 昭和42年 中央大学卒後、製薬会社に入社、営業、営業企画、広報業務、ならびに関連会社の代表取締役などを務める。平成15年 「江戸ソバリエ認定委員会」を仲間と共に立ち上げる。平成17年 『至福の蕎麦屋』 (ブックマン社) を江戸ソバリエの仲間と共に発刊する。平成17年 九品院(練馬区)において「蕎麦喰地蔵講」 を仲間と共に立ち上げる。平成19年 「第40回サンフランシスコさくら祭り」にて江戸ソバリエの仲間と共に蕎麦打ちを披露して感謝状を受ける。平成20年1月 韓国放送公社KBSテレビの李プロデューサーへ、フード・ドキュメンタリー「ヌードル・ロード」について取材し (http://www.gtf.tv)、反響をよぶ。平成20年5月 神田明神(千代田区)にて「江戸流蕎麦打ち」を御奉納し、話題となる。現 在 : 短編小説「蕎麦夜噺」(日本そば新聞)、短編小説「桜咲くころ さくら切り」(「BAAB」誌)、エッセイ「蕎麦談義」(http://www.fv1.jp)などを連載中。街案内「江戸東京蕎麦探訪」(http://www.gtf.tv)、インタビュー「この人に聞く」(http://www.fv1.jp)などに出演中。 |
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ほしひかる氏 | ||
【2月号】 ~ 親友の逝去を悼んで ~ |
一時期、聖夜の教会の鐘と、大晦日の除夜の鐘の音に関心をよせていたことがあった。そのころはまだ幼かった子どもたちを連れて、クリスマスには教会へ、大晦日にはお寺に行って、鐘を聞いたり、撞いてみたりして、遠くへ流れていく教会の鐘と、自分の胸に響いてくるお寺の鐘の音を聞き比べていたものだった。
イエスが、12人の弟子たちとエルサレム西南の2階屋の広間で最後の晩餐を設けたことはキリスト教徒でなくても知っている。 イエスたちが園から戻ると、ユダが近寄って来た。「先生!」、ユダはそう言ってイエスにキスをした。実は、それがキリストの逮捕の合図だった。敵は誰がイエスか判らなかったから、それをユダが示したのであった。後世、この場面を「死の接吻」と言う。だが、実際のユダは、後日、イエスの死刑を知って後悔し、首をくくって死んでしまった・・・・・・。
これがイエスの最後の晩餐劇である。
参考:高久眞一著『最後の晩餐』、中丸明『絵画で読む聖書』、石川淳著『最後の晩餐』、開高健著『最後の晩餐』、
第21話は「人間の一生」を予定しています。 |
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