第433話 ソバリエ女子、おそるべし♪

     

知人から、さくらんぼの「佐藤錦」をたくさん頂いた。お裾分けしてもなお毎朝4日連続で食べ続けたころ、また別の方から頂いた。お蔭さまで計5日、「佐藤錦」を食べ続けて「あゝ、幸せ♪」と至福感満タンだった。こういうのは《佐藤錦尽》というのだろうか。
ときどき、こういう《○○尽》による至福感を感じることがある。
広島に住む妹から、たくさんの牡蠣とか、桃とかをもらったとき。娘婿の北海道の実家から、大きな毛蟹や、タラバ蟹を頂いたとき、静岡の友人がメロンを送ってくれたときなど、毎日美味しい物を口にすることができて、ほんとうに幸せだ。
《牡蠣尽》《蟹尽》《桃尽》《メロン尽》・・・、思い出しただけでも堪らないが、これも「たまに」、そして三、四日ぐらいだからいいのだろう。

ところで、蕎麦界にも江戸時代から《蕎麦尽》というのがある。
たとえば、1)駒込の「玉江」のように蕎麦料理のみの《蕎麦尽》、2)立川の「無庵」のように蕎麦料理と普通の料理を交互に出す《蕎麦尽》である。
そして、蕎麦料理の主役は、何といっても《蕎麦掻》と《蕎麦切》である。
だから、お店に行ったときは、ついつい興味深々の質問をしたりする。
☆ほし:「この蕎麦の産地は?」
巣鴨「菊谷」:「秩父産の熟成です。」
獲れ立てじゃなくて、何と熟成が出てきた。
☆ほし:「この《蕎麦掻》はどうやって作ったの?」
銀座「流石」:「水と蕎麦粉と空気です。」
なるほど空気か、どうりでフワフワだ。
《蕎麦搔》といえば、「そばがきエッチャン」こと佐藤悦子さん(江戸ソバリエ)に、寺方蕎麦研究会において「蕎麦掻」についてレクチャーしてもらったことがあるが、その後も彼女は蕎麦掻普及活動に熱心だ。最近、こんなメールを頂いた。
― アイスキャンディーの棒に団扇のように《蕎麦搔》を付けて焼き、甘めに作った蕎麦の実入りの蕎麦味噌を付けて、最後に炙ったものを用意しました。3歳の子は、蕎麦打ちをとっても頑張りましたが、疲れて寝てしまいました。でも、皆で食べている途中で目が覚め、なんとかお蕎麦を食べてくれ、一緒に《味噌の蕎麦搔》を3本も。―
お子ちゃまに、気に入ってもらえばそれは本物だ。さぞかしエッチャンも感激ものだろう。

もう一方の蕎麦屋の料理の定番は《鴨料理》と《天麩羅》である。それに《玉子焼》と言う人もいる。
そこでまた質問を繰り返す。
☆ほし:「鴨は何処産?」
両国「ほそ川」:「フランス。」
まるで、フランス料理みたいなセンスだ。
☆ほし:「この天ぶら油は何で揚げたの?」
日本橋「御清水庵」:「大豆油です。越前はやはり関西風なんです。だから江戸風の胡麻油はどうも・・・。」
大豆油か、あま味があって美味しい。
☆ほし:「この天ぶら油は何?」
銀座「流石」:「米糠油よ。」
これは、さっぱりしている。食材の味が伝わってくる。
どこかの店ではひまわり油もあった。他には椿油などもある。私は昔、日本刀の手入れに椿油を使っていたけど、林幸子先生(江戸ソバリエ講師)の話によると「美味しいけど、椿油は部屋中匂いが溜まって・・・」ということらしい。
先日、香川の古津さん(江戸ソバリエ)がオリーブ油の販売促進のため東京までやって来ていたけど、天麩羅には高くて使えないだろうと思いながら、「na-ru」の山崎さん(江戸ソバリエ)に訊くと、「たまに、やりますよ」と言う。
話は変わるけど、「na-ru」の《出汁巻玉子》にはオリーブオイルが掛けられてあて、美味しい。ある会で同席していた、本多恵子さん(江戸ソバリエ)も宇田川容子さん(江戸ソバリエ)も「ベスト○○に入るくらい美味しい」とおっしゃっていた。
だからといって、オリーブオイルを掛けりゃいいというものでもない。ただの玉子焼きの冷たくなったものに掛けてもダメ。やはり上手に焼いた、アツアツの出汁巻きでないと美味しくない。
それにしても本多さんの表現がいい。「この玉子焼は、ツヤツヤとなめらかで乙女の肌のようにふわふわ〜。」
そういえば、いつか、ある女性がブルゴーニュ産のソバビールを飲みながら「この泡は力強い」とおっしゃった人がいる。この表現力もいいと思った。
過日、テレビを見ていたら、ショコタンというタレントの食表現もユニークだった。
ただ、このためには感性が優れた頭脳をリードする必要がある。その点、女性は感性が秀でている。
どなたかが「大川や」の玉子焼が美味しいと言われて「近々、行ってきます」と宣言されていた宇田川さんは、薬味のとらえ方も鋭いし、何より食感がシャープだ。
食文化度を高めるためには、ただ作るのではなく、美味しく作らなければならない。そのためには食感を磨きたいものだ。

今夏も江戸ソバリ講座が始まるが、女性受講者は多い。
「おそるべし!」と言われるほどのソバリエ女子が誕生してほしいと願っている。
いわんや男性をや・・・。

《参考》
鳥居清広筆「江戸名物蕎麦尽」(1755年)

〔文・絵(佐藤錦) ☆ 江戸ソバリエ認定委員長 ほしひかる