第461話 「ノルウェイの森♪」

     

江戸蕎麦から東京蕎麦へ

「ここはどこ?」と直子がふと気づいたように訊ねた。
「駒込」と僕は言った。
・・・・・・・・・・・。
我々は駅の近くのそば屋に入って軽い食事をした。

村上春樹の『ノルウェイの森』の場面である。題名はビートルズの曲名からとったといわれている。
駒込駅近くのそば屋といったら「小松庵」しかない。だから、日本をはじめとして外国からも、ムラカミハルキ・ファンがやって来るという。
私の、第6回の日本橋高島屋セミナー「蕎麦屋で蕎麦談義」も、この店で開いた。
というのは、『ノルウェイの森』は、日本橋高島屋セミナーの皆さんを「小松庵」へ案内してくれるための小説のようなものだからだ。
そう言いながら、下の文章を紹介するわけだが、皆さんから「よく見つけましたネ」と感心される。

「ごはん食べにいきましょう。おなかペコペコ」と緑は言った。
「どこへ行く?」
「日本橋の高島屋の食堂」
「なんでまたわざわざそんなところまで行くの?」
「ときどきあそこへ行きたくなるのよ、私」

子供のころ、テパートの食堂は憧れの一つだったから、よく分かる。

さて、今日の「蕎麦談義」講座では、初めに「小松庵」の工場を案内してもらった。蕎麦の実を粉にする石臼や、つゆをつくる鰹節などを保管している倉蔵を解説付きで回った。
講義では、「挽き臼がなければ粉になりません」とか、「つゆ=出汁+醤油+砂糖です」と毎回画像や口頭でお話しているが、こうした現場に立ちながら、お話すれば理解倍増だ。
本当は江戸ソバリエ認定講座でもこのような方式でやりたいものだが、人数が多いからチト無理だろう。
お店に戻ってから、シェフの料理を頂く。御献立はこんな風だ。

一 食前酒
      梅酒ソーダ割
一 前菜
  蕎麦ムース キャビアを載せて鴨のロースト湯葉巻 鰊と茄子煮
一 蕎麦アミューズ
  タラバ蟹のガレット巻変り揚 アメリケーヌソース
一 お造り
  焙り帆立のカルパッチョ 生海苔返しソース
一 肉料理
  牛フィレ肉の返し焼
一 天麩羅
  車海老と穴子
一 蕎麦
  生粉打ちせいろ、熟成蕎麦と新蕎麦
一 デザート
  蕎麦アイス

どうだろう。もはや蕎麦屋の料理を越えているだろう。
「小松庵」の社長は、「お客様にキチンと対応するためには、アルバイトとかではなく、キチンとした従業員でなければならない。その従業員を雇うためにはキチンとした給与体系が必要。要するには、昔のように丁稚奉公や職人、あるいは昨今の経費節減的な非正規の雇い方ではなく、従業員を社員として迎え、その社員が家族を養っていけるような雇用関係が求められるという考え方をお持ちだ。
その理念を「東京蕎麦」という言葉で表現されている。もちろんわれわれが云う江戸蕎麦をベースとしてのお考えだ。
江戸蕎麦というのは、日本の外食屋の夜明産業である。つまり、お金を頂いてお蕎麦という商品を提供するために、蕎麦打ちの技術を高め、お金の採れる蕎麦へと引き上げていったのである。
それを小松社長は、さらにお客、蕎麦屋、食材屋・・・、全ての人が幸せに生活できるような関係を目指している。換言すれば、蕎麦屋を世界的に通用するレストランにしようというわけだ。
こういう経営者がキラ星のごとく多く出てくれば、蕎麦は世界の蕎麦になれる。

《参考》
*29.12.7日本橋高島屋セミナー「九つは蕎麦で粋に〆ましょう」
*村上春樹『ノルウェイの森』
*ザ・ビートルズ「ノルウェイの森」https://www.youtube.com/watch?v=3YVgDUK1c2M

〔文・写真 ☆ 日本橋高島屋セミナー講師 ほしひかる