第247話 「蕎麦屋はスローな家業」

     

ミス江戸ソバリエ☆堀井さん

食の思想家たち二十五、堀井市朗先生

☆ファストじゃなかった、ファスト居酒屋チェーン店
ある年に忘年会があった。会場である店は、ある居酒屋チェーン店を幹事さんがネットで探し、予約した。
行ってみると、今や、どの店でもやっている飲み放題のシステムに、黒いユニフォームの店員さん。彼(彼女)らは耳にイヤホン・マイクを付け、まるでディスクジョッキーをしているかのよう。たぶん会社側は、お客様に素早く対応するめ・・・、ベストだと思ってのことだろう。しかし、なにせその発想の元は合理性・効率性にあるから、店の従業員数は少人数だった。だから、皮肉なことに3組ぐらいしか入ってないのに、呼出しボタンを押しても2人ぐらいの、しかも幼いアルバイトの慣れない店員さんがてんてこ舞いしているのでなかなか来てくれない。困った幹事さんが何回も席を立って呼びに行く。廊下を見ると、他のグループの幹事さんも同じみたいだったが、それにしても最近のお客さんは「遅いッ」と怒る人はあまりいない。
やっと、出てきた帆立貝の味噌鍋にはキャベツが山のように盛られている。その切口は素人そのもの。「帆立はどこ? 後でくるのかな」と思ったら、キャベツの底にチョッピリ恥ずかしそうに隠れていた。
メニューには、帆立は「○○港より直送」、キャベツは「○○産」と記してある。「嘘ではないだろうが、とりたてて言うほどでもないだろう」と思ってしまう。味はニンニク、隣の人が「あんがい、旨いですね」と言う。「え~?」と驚きつつ、客側もずいぶんおとなしくなったもんだと思った。
最後のデザートはどういうわけか、ガスバーナーで「ブァー!」と火をぶっかけたケーキ、思わずみんな「うわっー」と歓声を上げる。
本質はたいしたことはないのだが、パフォーマンスだけはすごい。そのときの店員さんの得意気な顔が印象的だった。

☆ゆっくりを満喫できる お蕎麦屋さん
ある日のこと、某出版社の社長さんと、浅草「大黒屋」に蕎麦を食べに行った。理由は美味しいお蕎麦を彼に食べてもらいたかったからである。ただ、ちょっと心配したのは、奥さんと二人だけで切り盛りされているこの店の、ご主人は丁寧な仕事をされるため、リズムが悠長になりがちなことだった。そのことを初めての方に分かってもらえるかなと思っていた。
しかしながら、心配御無用とはこのことだった。彼は、大黒屋のお摘み・お酒・お蕎麦に満足し、「ゆっくりと味わうことの素晴らしさを知ってよかった」と言ってくれた。
そうか、と私も思った。〝遅い〟と〝ゆっくり〟はちがうのだと。
ファストであるべきなのに遅いのが〝遅い〟、はじめからファストを望んでいないのは〝ゆっくり〟ということだろう。
このゆっくりした味わいを醸し出すのは、企業経営やチェーン店ではなく、家業型の方が適しているだろう

更科一門「錦町更科」の四代目店主で、江戸ソバリエ講師の堀井市朗先生は、「蕎麦(料理)屋は家業がいい。企業経営だとどうしても工場製品のようになってしまう」とおっしゃっているが、その江戸っ子気質は尊いと思う。
見渡せば、外食屋がチェーン店化し、ファストを目指しているというのに、蕎麦屋業界だけが家内事業型を守り通している。私の意見としては、素晴らしいことだと思っている。
仮に一歩譲って、居酒屋チェーンもオーケーだとしても、みんなチェーン店になってしまったら、日本はおかしくならないかということである。
そのためには、企業型より家業型、チェーン店より1軒店、Fastよりslow の方がいい。とくに蕎麦屋は、昔も今もスローフード店だ。

〔江戸ソバリエ認定委員長、エッセイスト ☆ ほしひかる