第669話 お蕎麦の食べ方

      2020/11/01  

『世界蕎麦文学全集』物語11

 ☆お蕎麦の食べ方
 江戸ソバリエは、蕎麦界とくに蕎麦屋さんを応援したいと思っている。蕎麦屋さんを応援するためには蕎麦屋さんに行って、お蕎麦を食べることだ。そして粋にとまではいかなくても、江戸ソバリエらしくちゃんと食べたいものである。ちゃんとというのなら、一応江戸ソバリエとしての食べ方を整理した方がよかろうと思っているころ、前話のような礼儀とマナーについてを考えることができた。しかし、そこで述べた昔流の「私の勝手から、これから食も社会性を考慮した方がいいというのなら、何かしらのきっかけがなければ変化しずらい。その何かを探っていたとき、明治になってから学校で、食事のときは「きます」「ごちそうさま」を言わせるようになったことを知った。
      響き爽やか「頂きます」という言葉 (中村草田男)

 このとき、今まで読んできた本を整理すると、食べ方においては次の三本の柱があると思った。
 (1)感謝禮儀
(2)姿勢、正しい箸の使い方
 (3)蕎麦の食べ方

 感謝の念としては、鎌倉時代の道元の『赴粥飯法』の「五観」と、現代の島村菜津『スローフードな日本!』にこうある。道元は、目前に置かれた食事ができ上ってくるまでの手数、材料の経路を考えよと言い、スローフードでは「お皿の外のことを知ろう」と言っている。古今東西感謝の基は同じということであるが、江戸ソバリエではそれをきます」「ごちそうさまに込めたいと思った。

 余談だが、島村菜津という人は、たった1冊のスローフードの著書で日本をすっかりスローフードに巻き込んだ驚くべき人である。どんな方だろうと思っていたところ、たまたまお会いしたのでお話すると、サッパリして、純な方だったからさらに驚いたものだった。

  さて、お蕎麦の食べ方には粋の理念も取り入れなければならないと思った。粋とは、これまで述べてきたように見られているという意識から生まれる。つまりは姿勢であり、箸の持ち方、蕎麦の食べ方に粋が現れる。
  ここでいう蕎麦の食べ方とはもちろん夏目漱石流である。それに幸田文流を足した。漱石流は前話の通りである。
  幸田文の方は「そうめん」という随筆の中で「お蕎麦の一本二本を蒸籠の簾に残すな。お蕎麦が泣く」と書いている。これはモッタイナイきれいに食べるを兼ねていていると思う。こうして江戸ソバリエ式のお蕎麦の食べ方ができた。
  このことを蕎麦打ちの上手なある方に申上げたところ、「蕎麦の食べ方までうるさく言ったらお仕舞ですよ」と言われた。予想通りだった。たいていの人は蕎麦の打ち方には厳しいが、食べ方はどうでもいいと思うことが多い。しかし道元は作り方(『典座教訓』)・食べ方(『赴粥飯法』) の両方に注視していることを忘れてはならない。
  だからこそ何とかしなければと思い、江戸ソバリエ・ルシックでは食べ方コンテストを実施し、またそのときの優秀賞を受賞された石綿様などにご出演をいただき、お蕎麦の食べ方のDVDも制作し、さらには鎌倉の江戸ソバリエの店「栞庵」さんから「食べ方の英語版を作りませんか」とのご提案を頂いたのを機に英語版と、またソバリエの天野さんのご協力を得てハングル版を作成した。

http://www.edosobalier-kyokai.jp/tk/thinktank.html#list2

 1.席に着く
  お店に入ったら、卓の椅子などに座ります。そのとき身体がテーブルから拳一つぐらい離れている位置に座るのが食べやすい姿勢です。日本では、脚を組んだり、テーブルに肘を着いたりしません。
  2.食べ始めに「いただきます」を言う
  日本人は、テーブルの上に並んだ食事を食べる前に「いただきます」と言ってから食べ始めます。それは感謝の意を表すことです。
  3.割箸を割る 
  日本人は和食を箸だけで食べます。清潔好きの日本人のおもてなしは、主として割箸を使います。割箸は手元あたりで静かに割ります。料理の上で割ってはいけません。
  4.つゆを蕎麦猪口に注ぐ
  つゆ徳利に入っているつゆを適量だけ蕎麦猪口に注ぎます。
  5.薬味をつゆに入れる
  最初は薬味を入れないで食べてみます。次から薬味を入れてから食べます。薬味は数種類用意してありますが、刺激の弱い薬味から入れます。もちろん嫌いな薬味は使わなくてもかまいません。
   6.お蕎麦を摘まむ
  盛られたお蕎麦の真ん中から箸を付けて、摘まみます。箸を立てると麺は少なく摘まめますが、箸を横にすると麺はたくさん摘まめます。ですから、箸の角度で麺のあなたの適量が調節できます。
  7.お蕎麦をつゆに三分の一付ける
  日本人は碗(椀)を手に持って食べます。お蕎麦を食べる場合は、蕎麦猪口を手に持ちます。その猪口に入ったつゆに三分の一だけお蕎麦を付けます。江戸蕎麦のつゆは濃いのが特色ですので、そのくらいがちょうどいいのです。
  8.お蕎麦を啜る
  日本人は麺類を啜って食べます。とくにお蕎麦は空気を一緒に吸い込むことによって蕎麦の香りが鼻孔に届き、蕎麦の風味を楽しむことができます。日本人は残さずに全部食べることを「きれいに食べる」といって、粋だと評価されています。
  9.蕎麦湯を飲む
  お蕎麦屋さんでは最後に蕎麦湯が出てきます。蕎麦湯には栄養分が溜まっていますので、お蕎麦を食べ終わったら、残った蕎麦つゆで味を調えて飲みます。薬味が残っていれば、それも入れると風味が増します。飲み方は蕎麦猪口を手にし、直接口をつけます。
 10.食べ終わったら箸をきちんと置く
 食事が終わったら箸を横にしてきちんと置きます。箸袋がある場合はその中に仕舞います。そのときは「これは使用済みの箸ですよ」という印として箸袋の端を折って置きます。
 11.最後に「ごちそうさま」を言う
 初めと締めを大事にすることは、気持よくするための日本人の美風です。

☆食器の置き方
  食べ方と関係するのが、食器の置き方である。
  これについて度々質問を受けるが、和食は一般的に、
 ・箸だけで食べる → 箸は手前に横に置く。
 ・茶碗は持つ、皿は持たない → 茶碗は手前、皿は先に置く。
 ・ご飯が主食だから、右手で箸を持って、左手にご飯碗を持つ → 左側に飯碗、右側に汁椀を置く。
 蕎麦の場合は、
 ・蕎麦が主だから、左手に蕎麦猪口を持って、右手の箸で蕎麦を付けて食べるから → 左側に猪口と薬味皿を置く。
 となるだろう。

☆お品書の見方
 ここまで作ったことを雑司ヶ谷の「和邑」の店主にお話したら、一品料理の注文の仕方も入れておいてほしいと言われた。
  この店主は良い意味でなかなかうるさい人だ。
  粋に食べるには、粋な注文の仕方があるという。
 お品書を見れば、《板わさ》や《焼き海苔》のように直ぐ出せる一品と、《玉子焼き》などのように料理する一品がある。最初に、直ぐ出せる一品を頼んでからビールなどお酒を楽しめばいいところ、凝った料理を注文するから、「まだできない?」なんで苛立つことになり、催促されると料理人も焦ることになる。
  とにかく、粋な客は、厨房にまでそれが伝わって気持がいいらしい。
 だから、江戸ソバリエが通の講座ならそういう話題を入れてほしいというわけだ。
  なるほどと思って、私も機会あるごとにお話したり、江戸ソバリエの講座で、すぐ出せるものの代表である《焼海苔》の山本海苔さんや《板わさ》の鈴廣さんに講師になってお話いただいたこともある。 
 また、お店の方もお品書に「温かいお蕎麦」「冷たいお蕎麦」と分けてあるから、一品料理もそういう具合に分けて書くのもいいだろう。
 先日、ある所でニューヨークの蕎麦屋さんのメニューにはレギュラー(普通盛)とラージ(大盛)と分けて書いてあってグラム数まで書いてあったとお話したら、北海道の蕎麦屋さんがそうしてみるとおっしゃっていた。
 要は、お客も蕎麦屋さんも心豊かになることだろうと思う。

 

※関係者の方、ご協力心より感謝申し上げます。

 

『世界蕎麦文学全集』31.道元『赴粥飯法』
32.島村菜津『スローフードな日本!』
33.幸田文「そうめん」(『台所帖』)
34.江戸ソバリエ協会制作『粋な江戸蕎麦の食べ方』(DVD)

文  江戸ソバリエ認定委員長 ほし☆ひかる
写真:DVD制作(出演石綿さま、遊蕎庵にて)(ナレーション録画)