第960話 更科堀井にて
2025/12/06
第31回更科堀井の会は、江戸東京野菜もさることながら、赤城鳥山畜産の牛、鹿児島の大摩桜(鶏)、和良川の泥鰌という各々の食材を活かし切った林幸子流の逸品を楽しんだ秋の会でした。
☆秋の会 御献立
一、蛤と蕎麦の実餡掛け千住葱茶碗蒸
一、太切り大根と太打ち蕎麦の牛肉巻蒲焼き (写真:下)
一、総本家更科堀井 青 開店祈念
大摩桜と青菜たっぷり台湾混ぜ蕎麦
一、千住葱と牡蠣の 柚子ノ香掻揚げ
一、もののけ柳川蕎麦 (写真:上左)
一、初雪大根羹 (写真:上右)
とくに《太切り大根と太打ち蕎麦の牛肉巻蒲焼き》は、やはり日本の牛肉は凄いと思いながら頂きましたが、それにもまして拍子木切りの大根と一緒に巻いてある超極太の拍子木切の蕎麦には驚きました。
一般的には蕎麦麺は、蕎麦粉を練ってから「お供え餅(厚さ4㎝ぐらい×直径20㎝ぐらい)」のような形にします。次にそれを麺棒で延すわけですが、河合料理長のお話では、延す前の「お供え餅」状態のまま、真ん中あたりだけを麺状に切ってから、それを7分ぐらい茹でたそうです。
麺棒で均一の厚さに延してから、庖丁で細く切る。そして一般的には1分前後で茹でる。これが【江戸蕎麦】ですから、延しナシ、茹で長時間というのは、聞いてびっくりの異次元蕎麦なのです。作った河合部長も、それを口にする私たちも初めての体験でした。
ここでちょっと話がそれますが、日本の蕎麦打ちでは麺棒は大事な道具のはずです。なのに、その麺棒の使用初めというのは分かっていません。ただ、日本では16世紀の辞典に掲載されているのが初見とされていますが、辞典掲載はそれが初使用ということではありません。そんなわけで、私は日本での使用は15世紀までは遡れるとみています。
この件は世界的にみても同じです。「たかが棒っ切れ」というのが世間の印象でしょうから、誰も気にとめず、麺棒使用の時期は解決していないのですね。
話は御献立に戻りますが、興味深かったのが締めの《初雪大根羹》でした。口にしますと、大根の味がするのに大根の味がしない甘味という摩訶不思議なものでした。

☆更科堀井のデザート
さらにもうひとつ皆さまへ、デザートのプレゼントです。
皆さまにお座りいただいていた座敷席の前にテーブル席が二つあります。
その一つに、激しく泣いている4~5才ぐらいの坊やと、それを一所懸命にあやしているパパさんが座っておられました。
尋ねますと、私たちが占拠してる座敷が、坊やが初めて蕎麦を食べた席、あの記念の座敷席で今日も食べたいと号泣しながら訴えているというのです。
当店の女子社員が入れ替わり立ち替わり、優しく相手にしてくれますが、なかなか僕ちゃんは訴えを取り下げません。
その間、私は座敷席の方に行って、皆さんとお話して戻りましたら、その子の機嫌はよくなっていました。そして帰るときみんなと握手してさよならし、パパさんと一緒に帰っていきました。
何年か後に成長した坊やは絶対この店に戻って来るでしょう。以前に、人気になった『一杯のかけそば』の家族のように。
それを想うと、良い店には、良い客が来る。そんな気がするのです。
江戸ソバリエ
ほし☆ひかる
写真:尾花知美