第973話 筍は母の味
宮澤賢治の『注文の多い料理店』は誰でも知っています。
ミステリー性とユーモア性があり、構成も見事です。
名作なので、ああいうのを書きたいとの憧れのためでしょうか、似た題名の作品が見受けられます。たとえば、『注文の多い料理小説集』とか、『注文のいらないレストラン』などです。
『注文のいらないレストラン』は森絵都のショート・ショートです。
そのレストランのシェフは「お客さまの注文は必要ない」と言います。
黙って座って待っていると、出てきた料理は、懐かしい故郷の料理で、一口頬張ると、母の味がするのです。
故郷の味、母の味なら、とくに注文はいらないというわけです。
私の母の味は《筍ご飯》です。
初夏の5月が私の誕生日ですが、そのころになると母が季節物の《筍ご飯》を作ってくれるのが定番でした。
世帯をもってから、代わって妻が作ってくれるようになりましたから、筍は私の分身に、ちかいかな~と思ったりしていました。
4月下旬、そんな私に、ソバリエのHkさんが大きく立派な筍を送ってくれました。もちろん筍が私の分身なんてご存知なくてのことです。
さっそく、その夜は筍ご飯、筍の天婦羅、筍の煮付けの《筍尽くし》です。
好きな物《尽くし》というのは、幸せ、贅沢の満足度が高いと思います。
5月は母の祥月命日です。長い間心臓を患っていたため母は、意識がなくなっても苦しそうでした。「あと数日」と医師に告げられ、妹と交代で付き添っていましたが、私の番のときに、痛くて苦しかったのでしょう、もがくようにして手で宙を掴んでいました。そして私の手を握って、黄泉の国へと旅立ちました。
来月は母の墓参りをしようと、筍ご飯を前にして思いました。
エッセイスト
ほし☆ひかる