森永乳業は 4月8日から、濃密ソースと微細氷シリーズ「蜜と雪 エスプレッソラテ」を新発売する。それに先立ち 3月27日、マスコミに向け試食体験会を開催した。
友人の敬さんから、辰巳芳子(101歳)さんのドキュメンタリー映画『天のしずく』の上映とスープ教室があるから参加しませんか、と声をかけていただきました。
辰巳芳子(大正13年生:101歳)さん・・・、「スープの会」を主宰する料理研究家ということしか存じあげないのですが、私たちが大好きな蕎麦に関し、何かに一言お書きになっていたことをよく覚えています。= 蕎麦という穀物は醤油がなければ麺という姿で私たちの口には入らなかったでしょう。= こんな一文だったと思いますが、このことを詳細に述べれば数頁の文章になるようなことをわずか一行で、醤油が欠かせない江戸食文化(鰻丼、ざる蕎麦、江戸前天麩羅、握鮨)の本質をズバリとおっしゃっていることに感心したものでした。
それ以来、気になる方でしたので「映画を観てみたい」という気持と、うかがえば敬さんがこの企画の実行委員長とのこと、それならばとさっそく予約をして、当日、会場のザ・ヒロサワ・シティ(筑西市)へ参じました。
先ずは映画の時間です。
映画のなかで辰巳さんは、スープならぬお吸い物の「おつゆ」を「天の露」と表現されていました。「つゆ」という語はもともとは宮廷の女官どうしの隠語みたいな言葉だったらしいのですが、どういう意味から使われはじめたのかは分かりません。
それが、後世になって「つゆ」という言葉を江戸っ子が使うようになったのです。ただ、なぜか蕎麦を打つ職人は「蕎麦汁」と言っているのに、食べる客側だけが「蕎麦つゆ」とよんだのです。そこに「汁」を「つゆ」と言うようになった理由があると思います。
話は江戸初期です。客が白磁の猪口を手にして中を見ますと、濃い汁が蝋燭の灯に揺れて美しく光っています。そのころ蕎麦店では酷と切れのある江戸の汁が開発されたばかりでしたが、同じころ白磁の伊万里焼が江戸に入ってきていました。おそらく客は汁と器の黒白の妙に感嘆しながら、天を仰ぎ「天の露」を感じたのだろうかと想います。
さて、主人公の辰巳芳子さんは、昭和19年19歳で式を挙げられたそうです。
その前に、芳子さんの結婚相手にぱ出兵の令状が来ていました。芳子さんの父親は娘のことを思って相手方の家を訪れ、結婚の延期を申し入れました。そのとき夫君となる男性は涙を流していたそうです。芳子さんは彼の悲しみに〝いのち〟を感じたのでしょう、彼のもとに嫁ぐことを選んだのです。
そして、夫は新婚3週間でフィリピンへ出兵し、戦死しました。
芳子さんは五十余年考えたそうです。私が選んだ道は正しかったのだろうか、それとも父の言うことにしたがった方がよかったのだろうか。
彼女は75歳になったとき、夫が戦死したフィリピンへ行ってみることを思い立ちました。
目の前の太平洋は夕陽で真っ赤に染められていたそうです。その海の水に触れた時、辰巳さんは思い出してハッとしました。あの人は私との結婚を望んでいたんだ。だからずっと私を守ってくれたんだ。そういう気持になってきました。
思い出すことは人間だけの特質だといいます。亡夫の戦地に赴き、大きな海につつまれたとき、亡夫への想い、人生に対する誠実さが彼女の大きな課題を解決してくれたといえるでしょう。
次はスープ教室です。
内弟子の対馬千賀子さんによって《蜆のコンソメ》と《ポタージュ・ボン・ファム》の料理が進みます。
対馬先生は、蜆の産地のご説明と、その殻を丁寧に洗うことから始められました。玉葱などの野菜を切るときも、同じ幅です。それは煮る時間を同じくし、また食べやすくするためでしょう。蕎麦切も同じ長さ、同じ細さになるよう切ります。元々は江戸の蕎麦職人が始めましたから、江戸式とよばれるようになり、現在では全国の蕎麦打ちの基本になっています。
食材を大切にし、食べる人のことを真摯に考えれば、しぜんとこのように丁寧な「スープ仕事」、あるいは「蕎麦仕事」になると思います。これが辰巳流の料理です。
何しろ彼女はご自分の結婚のことを五十余年も考え続けた人です。常に自分が歩いて行こうとする道に課題があれば、真摯に向き合って考え抜き、いつかは答えを出すという生き方、それが先生の料理法にもなっているのだと思います。その結果、「料理の先生」から「スープの神様」になられたのですが、その始まりはお父様の闘病を支えるという課題解決からスープに着目されたのでした。それには家族への、人への、人生への愛が支柱になっています。だからこそ、真心こめて素材を選び、料理をする日常を続けられてこられたのでしょう。
さて、温かい《蜆のコンソメ》ができ上がりました。頂きますと、一口目も、飲み干したあとの後味も美味しいしいのです。そうしてどうしたわけかスープの温かさ以上に胸がホットになります。熱々のスープなら身体がホットになるのは分かりますが、一般的な温かさなのにと、何とも不思議でした。《ポタージュ・ボン・ファム》もそうでした。そうか、これが「命のスープ」なんだと得心がいった食体験でした。
帰宅してから、敬さんから「今日の感想をください」というメールが入っていましたので申し上げますと、高校生をお招きしたことが最高だったと思います。
先に、悲しさが〝いのち〟を感じさせると述べましたが、また逆もあります。高校生たちの眩しいくらいの若さには〝いのち〟が輝いています。
彼、彼女たちが、料理をこえて、辰巳芳子という生き方を学ぶことは明日の日本の大いなる糧となると断言できます。高校生のかれらこそ、天のしずくです。


最後になりましたが、敬さんにご紹介いただきました、エステを経営をされている沙さん、料理人の吉さん、そして敬さんのお姉さんたちとのお話も何より楽しく、素晴らしい一日でした。
江戸ソバリエ協会
ほし☆ひかる