第308話 時を駆けるソバリエ

     

挿絵☆ほし

つい先日、縁あって大正期の蕎麦打ち名人・村瀬忠太郎のお孫さんとお会いして、一緒に幻の「日月庵 やぶ忠」跡を訪ねた。その詳細はプライバシーに関わるからここでは述べないが、これまでも私はこうした「歴史を駆け抜けるような出来事」を度々体験してきた。

たとえば、
1】勝海舟の曾孫さんとお会いする
2010年にサンフランシスコでは咸臨丸渡米(1860年)150年記念事業を開催していた。その年にサンフランシスコに行くことになったわれわれ江戸ソバリエは、咸臨丸の艦長だった勝海舟の曾孫さんとお会いし、渡航の敬意を表した。勝海舟は小柄で敏捷だったと小説などで書かれているが、その方もそうであった。

2】慶喜公の曾孫さんとお会いする
2013年に文京区は徳川慶喜公(1837~1913)没後100年事業を行った。その折に私は、文京ふるさと歴史館友の会において「慶喜公が食された【更科のしっぽく蕎麦】の再現」を発表した。
その少し前日に慶喜公の曾孫さんにご挨拶して、慶喜公の雰囲気をいただいた。その方も血統の由緒正しさがうかがえる雰囲気をもった方だった。

3】『江戸名所図会深大寺蕎麦を再現する
『江戸名所図会』「深大寺蕎麦」の絵は1815.16年ごろの秋、齋藤幸孝(編集・著者)、長谷川雪旦(画師)が深大寺を訪ね、77世覚深に蕎麦を振舞われたところを描いたものとされている。
その約200年後に、われわれは雪旦が描いた「深大寺蕎麦」の図を再現し、当時の寺方蕎麦を味わった。

4】江戸蕎麦切400年記念セミナーを開催する
1614年に江戸常明寺にて、京の尊勝院慈性と近江の薬樹院久遠と江戸の東光院詮長の三人の僧が蕎麦切を食した」(『慈性日記』)。これが江戸蕎麦切の初出である。
そこでわれわれ江戸ソバリエは、現代の東光院のご住職や『慈性日記』の現代語訳をされた先生をお招きし、江戸蕎麦切400年記念セミナーを開催した。

とまあ、こんな風に100年、150年、200年、400年の時を疑似的にタイムスリップしたわけだ。
たいていの人は現代から過去を望遠鏡で覗くがごとく遠望しておられるが、逆に私は過去から現代を見てみることを試みている。
そこから「寺方蕎麦」と「町方蕎麦」の相違も明確になってきた。
これからも機会があれば、こうした歴史体験を重ねてみたい。

〔江戸ソバリエ認定委員長☆ほしひかる