第159話 三大 妖食本
☆二十四節気
8月23日のことだった。「暦の上では処暑(暑さがおさまるころ)だというのに、まだまだ暑さが続きますねエ」と、あるテレビニュース番組で言っていた。
こういう台詞は去年も聞いたし、10年前も聞いた。たぶん来年の今頃も同じ台詞を聞いているだろう。
この「処暑」とは一体何だ、それに「暦の上では」とはどういう意味だ?
と問えば、それは「二十四節気」といって中国の気候を元に考えられ、名づけられたものである。
1/6小寒、 1/20大寒、 2/19雨水、 2/4立春、 3/6啓蟄、 4/5清明、 4/20穀雨、 4/21春分、 5/6立夏、 5/21小満、 6/6芒種、 6/22夏至、 7/7小暑、 7/23大暑、 8立秋、 8/23処暑、 9/8白露、 9/21秋分、 10/9寒露、 10/24霜降、 11/8立冬、 11/23小雪、 12/7大雪、 12/22冬至
それを、そのまま日本に持ち込んで使っているから、日本の気候とは当初から合わない名称や時期があるのも当然である。
だから、8/8が立秋となり、8/23が処暑となる。
それゆえに、「日本では意味がないから、もういい加減にやめたら!」と気象士さんや、これらの言葉を季語として後生大事にしている俳句の会の人たちに言っているが、皆さん憮然とした顔をなさっている。
☆三大 妖食本
そうした、たわいもないことを申しあげるのも暑さゆえとご勘弁いただきたいが、「暑い夜には、怖い本でもお読みになったいかがでしょうか」というのが、本論である。
といっても、われわれは江戸ソバリエだから、せめて食べ物関係の本にしたい。そこで推薦するのが次の3冊。
1.谷崎潤一郎(1886-1965)『美食倶楽部』1919年発表
2.宮沢賢二(1896-1933)『注文の多い料理店』1921年発表
3.スタンリィ エリン(1916-1986)『特別料理』1946年発表
前に、「男の隠れ家」(『陶然亭』『田舎亭』『柳亭』) の三大本をご紹介したことがあるが、それはまぎれもなく食文化論であるから、江戸ソバリエさんにはぜひ読んでいただきたい。(「蕎麦談義」第153話)
ところが、この度の本は食文化論というより、ストリーの展開に工夫がある。ゆえに3冊は名著として定評がある。
特に宮沢賢二の『注文の多い料理店』は、駄文ながらも多少なりともモノを書いている者にとっては羨ましくなるほど、読者をうまく危険な世界へと運んでくれる。また、谷崎潤一郎の『美食倶楽部』は、素人には絶対書けない筆致で、グルメをヌメヌメとした妖しい美食倶楽部へと誘ってしまう。そして、スタンリィ エリンの『特別料理』は谷崎と宮沢の中間的な位置を占める作品といえるだろう。ゆえに、私はそれを三大「妖食本」と称している。
それに、1946年発表のスタンリィ エリンの『特別料理』は別として、谷崎潤一郎の『美食倶楽部』と宮沢賢二の『注文の多い料理店』は大正8年(1919)、大正10年(1921)に発表されている。この大正9年ごろは何があったのだろうか?
そう思って調べてみると、このころ東京では「かつカレー」や「かつ丼」が登場し、明治に入ってきた「カツレツ」や「カレー」などの洋食が日本食化し始めたころである。谷崎と宮沢はそのことを敏感に感じとっての妖食論ではないだろうか。
それを思うと、「なぜ二十四節気は日本化(土着化)しないままに使われているのだろうか?」と不思議な気がする。
とにかく、この3冊はミステリー的要素があるために、「ご紹介する」と言いながら、その内容を明かすわけにはいかない。「まず、読んでみて」としか言いようのない、私の歯痒ゆさを分かっていただけるだろうか。
参考:谷崎潤一郎『美食倶楽部』(ちくま文庫)、宮沢賢二『注文の多い料理店』(社陵出版部・東京光原社)、スタンリィ エリン『特別料理』(早川書房)、「蕎麦談義」第153話、
〔エッセイスト、江戸ソバリエ認定委員長 ☆ ほしひかる〕