【5月号】 早稲田ミョウガの発見から、ミョウガタケの試食まで

     

2009年12月、当ブログで「早稲田ミョウガを探しませんか ! 」、と問いかけて始まったミョウガの捜索。
2010年2月、「第三土曜の会」から江戸東京野菜の話を依頼された、。その会にお見えになっていた、元東京農工大学学長をされた梶井功先生が、いい人を紹介すると、当時早稲田大学の副総長をされていた堀口健治先生にお会いすることができたことに始まる。

早稲田大学では、環境塾の皆さんが注目してくれて捜索隊長を石原光訓氏(当時政経学部4年)が引き受けていただき捜索活動を引っ張ってくれた。環境塾の島貫倫子さんと伊東俊文氏、松井健太郎(当時商学部3年 )さんが、周りを固めた。
数回の捜索により30数カ所でミョウガが確認され、中でも2010年8月21日、明治26年から西早稲田にお住まいの茗荷邸が見つかり、NHK総合テレビ「ニュース7」が全国放送でその模様を紹介してくれた。
12月、ご主人の理解があって、根茎を分けていただけた。その後は、東京のみょうが栽培農家だった、井之口喜實夫さんにお願いして栽培が復活した。

そもそもは、1997年、JA東京グループが、穴八幡宮に江戸・東京の農業「早稲田ミョウガ」の説明板を建立したことに始まる。

2009年8月初め、幻のマクワウリ、「本田(ほんでん)うり」が、足立区興野の農家で見つかった。このことは、絶滅したと思われている、江戸東京野菜が、まだどこかにあるのではないかとの期待感を持たせるものとなった。
2009年9月だったか、自宅で採れたミョウガを薬味にしてそうめんを食べている時、江戸のブランド「早稲田ミョウガ」が、まだ早稲田のいずこかに、ひっそりと生きているのではないかとの思いがふと頭をよぎったことが、ことの発端で、考え抜いた末に、ブログで協力者を募ったもの。
それにしても、皆さんに、貴重な時間を割いていただいて、ミョウガの捜索に取り組んでいただいた。ありがとうございました。

捜索の早い時点で早稲田地域にミョウガが生えていることが確認されたことで、見つかった場合の栽培をどなたにお願いするかを東京都の農業改良普及員に相談したところ、練馬の井之口喜實夫さんが、昔ミョウガを出荷していたとの情報を入手した。井之口さんは東京のキャベツ栽培の第一人者として良く知っていたので、自宅に伺って捜索の協力と、その後の栽培を依頼し、快く引き受けていただいた。
井之口さんは2年がかりで、早稲田ミョウガ本来の根茎を作り上げ、江戸の頃から伝えられていた、早稲田ミョウガは晩生で、赤みが美しく、香りの強い特徴を表すミョウガを収穫することができた。

2012年1月、気仙沼の戻りカツオを購入して、「東北を応援し、早稲田の原風景にも思いを馳せよう」と、早田宰教授が、早稲田大学周辺商店連合会の北上昌夫会長、桜井一郎副会長にも協力を求め、2012年10月に開催された「早稲田かつお祭り」用に出荷された早稲田ミョウガは好評で、かつお祭りを盛り上げた。

2013年5月10日に、早稲田ミョウガの試食会が企画された。
早稲田ミョウガは、春の「みょうがたけ」、秋の「みょうがのこ」と、年2回のイベントが可能で、生産者も今年7人に増えたことで、需要に応える生産体制は整いつつある。

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E-Mail : ohtake@topaz.plala.or.jp

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江戸東京野菜は、江戸からの伝統と季節を味わう野菜で、もちろん地場野菜です。

地方からやってくる季節の先取り野菜より、ずっと個性的です。

(農産物の生育は天候に左右されますので、収穫予定は変わることがあります)

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