第408話 おまじない薬味
《蕎麦切+山葵》《蕎麦切+辛味大根》《ソーメン+茗荷・大葉》《麺+薬味》
前回の「蕎麦談義」で、「ほそ川」の蕎麦切に天城の山葵、「達磨」の蕎麦切には辛味大根がよく【合う】と述べた。
このように、山葵と辛味大根は薬味としての役割は十分であると思うが、蕎麦の三大薬味の一つといわれる普通の大根おろしは、正直にいって薬味として必要なのかどうか分からないところがある。
それに葱もそうである。確かに、白く、細い糸のように切った千住葱などは美しい。でも薬味として必要なのかと思ったりする。
現に、『味覚センサー』という機器で薬味を入れたつゆを計測すると、つゆの酷度が【和らいでいる】というから、マ、それも薬味の役割の一つだろう。
しかし、そうであったとしても、たとえばソーメンに加えた茗荷や大葉の細切りの微かな刺激は心地よい。とくに夏は風物詩的な食べ物だ。やはり、麺に薬味は付き物だと思う。
《蕎麦湯+葱》《味噌汁+葱》《豚骨ラーメン+分葱》
薬味としての葱がよく分からないと言ったものの、余った刻み葱を蕎麦湯に入れると、ちょっとしたスープのようでほっとする美味しさがある。
豆腐の味噌汁の分葱や、葱の入った熱い味噌汁は温まるし、豚骨ラーメンにたっぷりの分葱も旨い。「葱は冬物」というが、熱い汁と葱はよく合っている。
《蕎麦湯+七味》《かけ蕎麦+七味》
それに、熱い蕎麦湯には熱い刺激の七味も合っている。熱い「かけ蕎麦」に七味をかけてフーフー言いながら食べるのもいい。冒頭の、冷たい山葵と冷たい「ざる蕎麦」と、同じ「美味しい関係」であろう。
【薬味】とは?
ところで、「七味」を薬味として紹介したが、《薬味》とは何だろう? と検討してみると、一般的にはこういえるだろう。
① 日本の野菜を
② 生で
③ 食べる直前に切って、使う。
となれば、「七味」は薬味ではなく、香辛料に入るかもしれない。
だが、ここではそんなことにとらわれずに、主役を引立てる調味料・薬味・香辛料
・浸け物の、組合せとして見てみたいと思う。
《鮨+ガリ》《鰻の蒲焼+山椒》《煮穴子+山葵》《おでん+辛子》《天つゆ+大根おろし》
話が蕎麦から始まったから、今度は江戸の食べ物を眺めてみよう。
生姜を薄く切って酢浸けにしたものを「ガリ」というが、握鮨には酢どうしのこれがいい。生来、生姜好きだから、私はいつもガリガリ食べている。
鰻の蒲焼にピリッとした山椒もよく合っている。それは煮穴子と山葵の関係に似ているだろうか。鰻の旨さ、穴子の旨さが際立つ。
ところが、おでんに辛子というのは私には分からない。というか、私は辛子があまり好きではない。それは山葵より辛さが単純なような気がするからだ。
それから、天つゆに大根おろしというのもよく分からない。引き立てる薬味の役割を捨てて、天つゆを間の抜けたものにしてくれるような気がする。それとも油分を和らげてくれているのだろうか。
《牛丼+紅生姜》《カツ丼+沢庵漬》《親子丼+奈良漬》《カレーライス+福神漬・ラッキョウ漬》《トンカツ+キャベツ》
さて、《和食+薬味》は何となく分かったが、明治以降の食べ物はどうだろう。見てみると、あるある。牛丼に紅生姜、カツ丼に沢庵漬、カレーライスに福神漬
かラッキョウ漬。ちなみに、あのトンカツにキャベツというゴールデンの組合せも銀座の「煉瓦亭」がすでに明治28年に始め、現在は定番となっている。
「奈良漬」というのは、濃い飴色ほど美味しいとされているが、私の故郷では奈良浸は浅漬けなので、そちらの爽やかな方が私は食べ慣れている。
《餡パン+胡麻》《シューマイ+グリーンピース》
も少し他を見回してみると、餡パンの上には胡麻がのっかっているし、シューマイにグリーンピースがのっている。
パンは西洋の物だけと、餡パンは、牛丼、トンカツ、カーライスと同じように日本生まれである。
そこに薬味類を添付するのは、あなたは元々外国産だけど、これをちょいとのせれば「もう、今日から日本人だよ」と言っているおまじないのような気がする。
だからだろうか、中国のシューマイにはのってないが、日本のシューマイにはグリーンピスがのっかっている。
だから私は、こういう薬味を【おまじない】だと理解している。
《お好み焼+紅生姜》
お好み焼に付き物の「あの、どぎつい色した紅生姜が嫌いだ」と言った知人がいるが、お好み焼の前身であった「もんじゃ焼」は子供の食べ物だったから、紅生姜はなかった。
それがお酒を付けて大人の食べ物「お好み焼」となったときから、「紅生姜」が入るようになったらしい。だから、薬味は【大人への切符】であると考えることもできる。それが証拠に、子供は多くの薬味類が嫌いである。
《料理+ワイン》
ずっと前に、あるフランス料理のお店でご馳走になったとき、ワインだけ飲んだときは渋すぎて、「不味い」と感じたのに、ある料理と交互に頂いたら「料理もワインも、何と美味しいんだ」と驚いたことがあった。
何万種類とあるワインの中から、よくこんなに合う物を見つけたものだと舌を巻いていたら、何てことはなかった。その地方は昔から、この料理のときはこのワインと決まっているそうだ。
《おにぎり+梅干》
それと同じように、食べ物に合う調味料・薬味・香辛料・漬け物は、生活の中から生まれたゴールデンコンビなのであろう。
たとえば、《おにぎり+梅干》はあるのに、ラッキョウ漬のおにぎりがないのは必然の出会いがなかったのであろう。
【合う】とは?
では、生活史の中で生まれたこの《合う=食べ物+薬味》とは何だろうか?
そう思ったとき、絵を描くときの色の組合せが気になった。
それは基本的に、
① 類似・同系色の組合せ、
② 反対色の組合せ、
③ 単色の使用だ。
① は緑は青と黄色でできるから、青か、黄の組合せは落ち着く。あるいは青と
空色の組合せも同じだ。
② は桜色と若葉色の組合せなどである。ただし、この反対色の組合せにしても、
色の明るさは同じである。濃いピンクと淡い黄緑は合わない。
そういうことはあるが、この式を《食べ物+薬味》に当てはめてみると、おそらく《あまい蕎麦切+あまい山葵》は①式、《鰻の蒲焼+山椒》は②式の組合せになるのかもしれない。
ただし、絵は視覚のみ。食べ物は五感(視覚・聴覚・触覚・臭覚・味覚)を総動員するから、そう単純ではない。だから生活慣習から得ることが大きいということになるのだろう。
〔文・絵 ☆ エッセイスト ほしひかる〕