第447話 オリエンタル・チーズの物語

      2017/10/11  

 ~ 人類みな兄弟 ~

過日、5年に一度開催される「牛肉五輪」のニュースが流れていた。
今回も、大分・宮崎・鹿児島と相変わらず九州勢の圧勝である。
出場牛は、いずれも毛並はとうぜんながら角や蹄までピカピカに磨かれて、美しい。他にも九州の牛は幻の小倉牛や佐賀牛も人気が高いという。
昔から日本では「西の牛、東の豚」といわれているが、今や九州の牛肉は世界中の人たちの垂涎の的であるらしい。

丁度そんなとき、中国・内モンゴルに行かれた稲澤様(江戸ソバリエ協会顧問)から内モンゴルのチーズをお土産にいただいた。
続いて、インド・ラダックへ行かれていたソバリエの皆さま(江戸ソバリエ・ルシック 寺方蕎麦研究会)からもチーズをいただいた。
内モンゴルのチーズは牛の乳から、ラダックはウシ属である犛爉(ヤク)の乳から作るのだという。いずれも乾燥タイプのチーズであった。
オリエントのチーズは非熟成タイプ、ヨーロッパのチーズは熟成ということは聞いていた。
しかしながら、ヨーロッパチーズが世界的となった現在、われわれは、この乾燥チーズに慣れていないからエッ!と戸惑ってしまう。
でも、ヤクのチーズを頂いたとき、たまたま大妻女子大の松本教授がいらっしゃったのは幸いだった。先生はオリエントのチーズの研究をなさった方だ。
後日、先生からチーズ製品を比較したときの論文を送っていただいたが、それにはオリエンタルチーズは加熱濃縮または酸凝乳法によって製造されることが多く、蛋白質が多くて、脂肪含量が少ない。
一方の、ヨーロッパ型チーズは凝乳酵素が用いられ、蛋白質と脂肪が約1:1のものが多いことなど詳細なデータ付きで述べてあった。
文科系の人間である私は、「チーズ製造は酸を使う方法と酵素の力を使う方法があるのだナ」という程度しか理解できず、そのメカニズムまでは分からないが、風土・歴史からその違いが生まれたことだろうことは想像できた。
つまり、オリエントでは、搾乳して数日だけ乳酸発酵させて二酸化炭素の泡が出始めたころ成形に入る。ヨーロッパのように熟成させることはないが、短時間で作られたチーズを何日も乾燥させることによって、保存食品とする。それが移動を常とする遊牧の民の生活に叶っていたのだろう。

話は変わるが、小生は講演の際にその扉をこんな話で開けることが多い。
小麦と米の栽培はほぼ1万年前、蕎麦の栽培はほぼ5千年前から始まった」と。
実は、先日もそんな話をしたばかりであったが、蕎麦講座だから栽培の方に話をもっていくけれど、人類史という大きな流れから見れば、1万年前に家畜化も始まったということを忘れてはならない。
つまり、イラク、シリア、レバノン、イスラエル、パレスチナ(ときには、エジプト、東南トルコ、西北ヨルダン、西南イランを含めることもある)で農業・牧畜がはじまった。 植物の栽培化はシュメール人が始めたらしいが、動物の家畜化はというと、
・イラク北部で羊の家畜化、
・トルコで山羊の家畜化、
・ギリシャで牛の家畜化、
が始まったらしい。
牛がやや遅かったのは、大きいし暴れるから手こずってのことだろうということは想像できるが、とにかく家畜化は、1)飼料の確保と、 2)群生動物の誘導あたりから始まったのだろう。そこから騎馬の慣習、そして遊牧生活が生まれた。それが今から4500年~3500年前のことらしい。
その遊牧民族は 3) 搾乳技術や、 4) 生殖の管理(去勢)も考案した。
先に書いた「モンゴルのお土産」(第441話)では、「搾乳は遊牧史上最高の技術」だと言ったが、実際そう思う。
搾乳とは、乳房が自然に満タンになったから搾るということではない。人間が、雌動物の乳房を膨らませてしまうのである。それが生殖管理である。言い換えれば、繁殖力のある雄動物だけを残し、他の雄動物の肉は喰い、雌動物からはミルク・チーズ・バターなどの乳製品を造る。
そして1)飼料を確保し、 2)馬や犬を使って群生動物を誘導する。これが遊牧民族の生活である。それは農耕民族が植物を栽培化したことと同じく、食糧確保のためである。したがって、この家畜化と栽培化が人間としての歴史の始まりということになる

余談になるが、「遊牧」という言葉を見て、こう訳した人は誰だろう思うことがある。「遊」 ― 恐らく、移動生活のイメージからそう訳したのかもしれないが、この字からうけるイメージはのんびり遊んで暮らすような生活である。他に「牧歌的」なんていう訳語もあるが、遊牧民族の暮らしは高い山もあり、気候の厳しいときもあり、過酷だ。自然を相手の生活は、遊牧民も農耕民も変わりはないだろう。
だから、この「遊」という訳の根底には、定着民族の移動民族への理解不足的感覚が横たわっているのだと思う。例の万里の長城というのも、その疑念から生まれて、築壁されたのである。
だが、ここでは農耕民族と遊牧民族は1万年前から兄弟であったということをぜひ言っておきたいと思う。

さて、インド・ラダックと内モンゴルについていえば、インドは3500年前に遊牧が始まり、モンゴル高原では2000年前に遊牧が始まったらしい。
お土産に頂いたチーズがほろ酸っぱい味がしたのは、遊牧民族2000~3000年分の汗か、血か、はたまた人間の尊厳の味なのだろう・・・。

《参考》
*越智猛夫・松本憲一・畠山英子「走査型電子顕微鏡による各種チーズ製品の組織構造の比較」(『Nippon Nogeikagaku Kaishi』Vol.57 No.5 ;1983)
*足立達『ミルクの文化誌』(東北大学出版会)
ほしひかる筆 第441話「モンゴルのお土産」

〔写真:内モンゴルチーズ左&ラダックチーズ右 ☆ 文:エッセイスト ほしひかる〕