第493話 真味淡
北陸に福井という所がある。東京からの交通手段はあまりよくない。新幹線が通っていないということもその一つだが、そこがまたいいところでもある。そんな福井に私は、なぜか数度訪れている。そのせいか、以前『日本そば新聞』に『韃靼漂流記』という小説を連載したとき、僅かな土地勘が役立ったことがあった。内容はというと、福井の三国湊を出航した船が、嵐に遭遇して遭難し、乗組員全員が清国へ連行されていったという史実だった。それを書いてみようというとき、三国湊や日本海の景色を知っていることは大きかった。
今回は、「和食文化国民会議」の福井研修旅行で訪れた。
夕食会は福井市内の老舗「開花亭」の越前料理だった。同店は明治23年創業、建物は国指定登録有形文化財らしく、建物とくに座敷の天井などが見事だった。広い座敷には石橋湛山の書“真味淡”が飾ってある。これも料亭らしくていい。
供された料理は八品、「これぞ和食!」という料理ばかりであった。それを湛山は一言で“真味淡”と言っているのであった。
そんな中で珍しい逸品が幾つかあった。
*《昆布出汁仕立て~蔵囲七年物~》=昆布出汁に岩水雲と織田豆腐が入っていたが、「蔵囲七年物」とは何だろう?・・・ これがこの地方の特産であることが、翌日分かった。
*《新玉葱昆布包み焼バター》=新玉葱を大きな昆布で包んで焼いた物 ・・・ 美味しかった。昆布で包んで焼くという料理法も面白いと思った。
現在の福井県は昔の若狭国と越前国のことである。若狭国といえば、志摩国と淡路国とともに平安時代までは朝廷に海産物を納める御食国として有名であった。つまり海の恵みが多いということだが、それは県の大部分を占める森林からの豊かな栄養分が豊穣の海をつくっているということらしかった。
そういえば、北陸各県は山の恵みである漆器や和紙などの伝統産業が今も続いているし、各県ともに海産物の豊かな海も有している。だから今も御国食であることにかわりはない。そういう意味では新幹線開発はしてほしくないと思ったりする。
〔文・写真 ☆ 江戸ソバリエ協会 ほしひかる〕