第673話 種を播く人

     

『世界蕎麦文学全集』物語15

 だいぶ前にある店で《ガレット》を頂いたとき、「玉子とハムとグリュイエールチーズを使うのが正統派だ」と教えられたことがあった。そのときは「ほ~、そうなのか」と素直に聞いていた。
  何年かしたころ、《ガレット》は小麦がとれないフランスのブルターニュやノルマンディ辺りで生まれ、しかも玉子とハムの産地だということを知った。またグリュイエールチーズはもともとスイス産だけどフランスでも多く造っていることが分かった。
 要するに 「玉子とハムとグリュイエールチーズの《ガレット》というのは、それしか使えない〝郷土食〟であって、やがては世界で受け入れられて〝世界食〟となり、そのときから「正統派」といわれるようになったのだと理解した。

 話は変わるが、ミレーが描いた「種播く人」という絵がある。文字通り農夫が種を播いている絵である。世界的な名画だから、話題も多い。
   ①ミレーはなぜ2枚(山梨県立美術館&ボストン美術館)描いたのか?
   ②どちらの絵が早く描かれたのか?
   ③ゴッホも模して描いている。
   ④岩波書店のマークは「種まく人」である。
   ⑤ユーロコインに種まく人がある。
   そして、⑥農夫が播いている種は何か?などである。
 世界の名画のミステリーに挑むのは楽しい。だから後に述べるように山梨県立美術館にも行ったし、ボストン美術館展も観に行った。また岩波書店を訪れて社章も見せてもらったし、ユーロコインもヨーロッパへ行ったソバリエさんたちから頂いた。それでも①~④はとりあえず置いておくとして、ソバリエとしては⑤が重要である。
    たいていの人は、この疑問に対して、ヨーロッパだから疑いもなく「小麦」と思っている人は多い。しかしミレーはノルマンディ地方グリュシーの農家出身である。その絵は父親が蕎麦の種を播いている姿であると考える方がしぜんであろう。いやその前にフランスは世界でも有数な蕎麦生産国(1位ロシア、2位中国、3位ウクライナ、4位フランス)である、などと私が主張してもあまり聞いてはもらえない。

  そこで私はミレーの「種を播く人」を所蔵している山梨県立美術館に出かけて行って学芸員に尋ねてみた。すると「うーん、たしかにそう考えた方がしぜんですね」とおっしゃってくれた。まあ、ソバリエさん以外どちらでもいいということかもしれなかった。それでも私が言うより美術館の人の返事に価値がありそうだ。
  「よし、これでいい」。私はそう思って、拙文を『新そば』に掲載させてもらった。
  ただ今読み直してみると恥ずかしいほどの駄文であるが、ミレー自身の厳かな姿や絵を見ていると、やはり蕎麦の方が似合っていると感じる。それにノルマンディの人にとっても蕎麦であることが重要であると思う。
   それにしてもフランスは日本の4~5倍の蕎麦生産量であり、ロシアにいたっては日本の約39倍である。広大な土地をもつロシアは別として、《蕎麦》好きの日本は、《ガレット》を生み出したフランスの自給率に学ばなければならないだろう。これからは他国にあまえてばかりでは生きていけなくなるといわれている。輸入は地球環境をわるくする。と思っていたら、今年からボジョレーヌーボーは飛行機を使わないで、列車と船でフランスから日本へ運搬したそだ。そういえば、フランスはコロナ禍で経営破綻した航空会社を支援するにあたり、列車が使える地域の航空便は廃止することを条件としたらしい。またイギリスは2030年までにガソリン自動車を中止する計画を発表した。自立(自給率)をモツトーとする国は地球のことも考えているということだろう。だから、他国に甘えていては何も考えなくなってしまう。

『世界蕎麦文学全集』
  40.ほしひかる「ミレー種を播く人(『新そば』No.133)

文・絵  江戸ソバリエ認定委員長 ほし☆ひかる
地図イラスト:ネットより(ノルマンディは上方の黄土色)
「種を播く人」:絵葉書より