第677話 ウラルの白い花

      2020/12/14  

『世界蕎麦文学全集』物語19

  トルストイに会った徳富蘆花は、1906年(明治39年)7月22日(旧暦)、帰国するためウラル山の西麓のウフア発の汽車に乗った。蘆花は窓の外の流れる景色の中に翁菊に似た白花を見て、こんな歌を作っている。

              蕎麦雪に似たるウラルの山畑に  紅衣の翁 独り耕す・・・

   前にも述べたようにロシアは世界一の蕎麦生産国である。国内ではシベリア連邦管区がダントツで、中央連邦管区と沿ヴォルガ連邦管区がそれに続いている。蘆花が見たウラル連邦管区は、シベリアの7%、中央やヴォルガの15%程度の規模ではあるが、国内4位の生産量である。さぞかしウラル一面に白い花が広がっていたのだろう。

 宇都(慶応大学)らの調査によると、ロシアでは蕎麦の播種日が決まっているとのこと。すなわち、聖ルケーリヤの日(旧暦513)、聖フェドーシヤ(テオドシア)の日(529)、聖オヌーフリの日(612)、聖アクリーナの日(613)に播くという。      これからすると蘆花が見た7月は開花のときであった。
  ロシアではf播種日を「 Чёрные гречихи と呼び、各種の儀礼が行われる。リャザン、トゥーラ、タンボフなどの地域では、この蕎麦播きの日に蕎麦の《カーシャ》を作って巡礼する乞食をもてなし、乞食はお礼に蕎麦の豊作を祈る風習があった。その際に乞食たちは「美しい蕎麦粒ちゃんよ!君は私たちの育ての母、心から喜ばしい!花よ、花咲 け、若返れ、賢くなれ、もっと伸びろ、全ての人々に益をもたらせ!」というような 掛け声を、《カーシャ》を与えてくれた家の前で発するという。
   われわれはロシア正教に疎いから、聖〇〇という神様の名前はわからない。ただキリスト教の儀式と蕎麦や《カーシャ》などが結びついたというところが、ロシア、いやスラブ民族の特色であろう。

 『世界蕎麦文学全集』
43.徳富蘆花巡礼紀行

文・写真  江戸ソバリエ認定委員長 ほし☆ひかる
地図(ロシア連邦):ネットより