第723話 九十九里の入梅鰯

      2021/07/17  

  小林照男さんはじめ千葉ソバリエの皆さんが《鰯蕎麦》を追究されている。
  だから千葉の蕎麦と鰯についてもよく研究されていて、小林さんが九十九里のある古老に尋ねてみると、辺りでも昔は荒地で蕎麦を栽培していたという。
  それを聞いて私も、房総にも伝わっている蕎麦民話「蕎麦の茎はなぜ赤い」に現実味が出てきたように思った。
  (http://www.edosobalier-kyokai.jp/pdf/hoshi_sobaminwa.pdf)
  その小林さんが《入梅鰯》の時季だから食べに行こうと誘ってくれた。《入梅鰯》、これまで少しは聞いたことあったが、あまり意識したことはなかったので行ってみようと思った。

  東京から茂原を目指す。蘇我駅で小林さんが乗ってきた。茂原駅で下りると島崎朝美さんが待っててくれて、九十九里海岸の「ばんや」まで運転して連れて行ってくれた。車中ではお二人の《鰯蕎麦》談義が熱心に続く。
  蕎麦と海の魚といえば、《穴子》《鯡》が知られている。鰯の字は弱いから「鰯」、穴子は岩窟に棲んでいるから「穴子」、鯡の字は「ニシンは魚に非ず、松前の米なり」からきている。江戸前には穴子がいたから穴子蕎麦》が生まれ、それをヒントに京都に流通していた鯡から鯡蕎麦》が考案された。千葉九十九里では鰯が獲れるから新鮮な鰯蕎麦》が食されたのだろうから、《鰯蕎麦》も《穴子蕎麦》《鯡蕎麦》以上にしっかり存在を主張してほしいと応援している。

 もうひとつ応援したいのは「季節と和食」という観点からである。
  世界の気候は四季が一般的であるが、東アジアでは入梅が必ず到来するから五季が常識である。であるのに、梅雨の性質上からほとんど無視されて五季とは言わずに四季とばかり言っているが、実は米にとっては欠かせない大事な季節である。しかし、残念ながら、春の美味しい物、夏の美味しい物、秋の美味しい物、冬の美味しい物とは言われるが、梅雨の美味しい物とはあまり言ってもらえない。
  「穴子は梅雨時が美味い」と言うから、他にもあるはずだと思っていた時のお誘いだった。
  お店で私と小林さんは《鰯の刺身》、その刺身には生姜がよく合う。島崎さんは《鰯の天麩羅》。やはり油がのって美味しかった。
  武蔵野女子大学の石川寛子の調べによると、江戸後期の江戸庶民の食べ物の1位は豆腐と鰯の目刺しだという。ただし江戸では目刺しの鰯だろうが、ここ九十九里では獲れ立ての新鮮な鰯を食べることができる。
  だから毎年九十九里では「入梅鰯まつり」をやっているが、今年はご多分にもれずコロナ禍で中止。でも全国の人にもっと知ってほしい。日本は五季の国、梅雨時だって美味しい食べ物がある。その一つが九十九里の《入梅鰯》であることを。

   〔江戸ソバリエ認定委員長 ほし☆ひかる〕