第728話 白鵬:照ノ富士
2021/07/30
~ 立ち竦む日本 ~
令和3年名古屋場所の千秋楽、横綱白鵬と大関照ノ富士の14勝どうしの決勝戦には驚かされた。
両者とも異国出身でありながら、外国においてその国の伝統スポーツ文化を背負う立場にある。白鵬は平成19年から15年横綱を張っており、優勝は44回、30歳のころ精神力が50歳並みといわれていた。しかし膝を痛めて1年ぶりの土俵。対する照ノ富士は平成27年に大関になったものの身体を痛めて平成31年には序二段まで陥落、そして再び這い上がってきて大関に返り咲き、来場所からは横綱が決定的となった。
対照的ではあるが凄まじい相撲人生を生き抜いてきた両雄の今日の対決。ファンはがっぷりと四つに組んだ力相撲を想像していただろう。ところが、この龍虎は仕切るときから、新薬師寺の十二神将のような気迫のこもった形相で、睨み合い、まるで格闘技が始まるかのような雰囲気だった。軍配が返る、立ち上がる。と、白鳳は照ノ富士の眼前に手を突き出し、すぐ右肘で強烈なかち上げ、そして張り手を連発。照ノ富士も慌てて張り手で応戦。その隙を見た白鵬は自分の形の右四つに組んで、小手投げ。土俵に突っ伏す照ノ富士の頭上で白鵬は雄叫びを上げた。
解説者の北の富士は、白鵬の心理作戦に照ノ富士がはまったナと呟いていた。
白鵬の作戦は14日目の正代戦においてもそうだった。新人並みに土俵ぎりぎりに下がって立ち上がった。一瞬正代は呆然として立ち竦んでいたのだった。
翌日から、白鵬に「横綱らしくない」「品位に欠ける」「親方になったとき、勝てば何でもありの指導をするのか」と非難の声が上がった。
そのなかで、北の富士が日本人力士の不甲斐なさを指摘していたのは数少ない意見だった。
この両方の声はファンとして正しいと思う。しかしながら、あえて少数意見から考えてみると、白鵬はルール違反をやったわけではなかった。彼はこれまでも常に目標(記録達成)を設け、強い意志をもってそこへ向かってきた男である。そういう視点から見た北の富士の言う「不甲斐なさ」とは、他の力士には目標がないということになる。
話は変わるが、平成19年白鵬が横綱に昇進し、続いて日馬富士、鶴竜、と外国人勢が横綱を占めてしまった。奇しくもこのころに日本のGDPが中国に抜かれた。以来、日・中の格差は拡がる一方であるが、角界とのこうした符号は偶然とは思えない。明らかに日本人の競争力が喪失した証左であると思う。
そしてコロナ禍に襲われたとき、日本の医療体制の脆弱さが指摘されるとともに、そもそも日本全体が弱体化したのはいつごろからかということが、言われるようになった。むろん、それは逆転した平成19年ではなく、それ以前からであることは当然である。そのことについてはこれまでも述べてきたことであり、また表題から離れるのでここでは省くが、一つ思い出すのが『蕎麦春秋』誌の四方編集長が言っていた言葉である。蕎麦喰い地蔵講のときに四方さんが大きな声で「君たち、まさか郵政民営化に賛成ではないだろうな。あれをやれば日本は裸同然になって弱体化する!」と。
あのころからか!
時代の動きは数学ではないから、それが解答だとはいえないが、大きな敗因だったことだけはいえる。
しかし過去は戻せない。それが分かったうえで、あらためて世界に通用する日本を目指さざるをえない。相撲界も、和食界も、蕎麦界も・・・、みんなそうであると思う。
〔エッセイスト ほし☆ひかる〕
写真:新薬師寺の十二神将・伐折羅大将
白鵬関 日本橋「豊年萬福塾」にて