第788話 「手繰りや 玄治」の《三角蕎麦》
ソバリエの小池ともこさんと齋藤利恵さんから、「手繰りや 玄治」さんに《三角蕎麦》を食べに行きましょうと誘われ、ご一緒した。
おかげさまで、《三角蕎麦》巡りは一東菴さん(第779話)、菊谷さん(第787話)に続いて第三弾ということになる。
ただし、今日は6名と人数が多かったので、小池組3名(小池さん・Wさん・ほし)と、齋藤組3名(齋藤さんの薬膳料理のお仲間)に分かれて席に着いた。
さっそくだが、前回に倣って舌学メンバーをご紹介すると、女性5名、男性1名。年代は非公開。小池組の出身地は南から佐賀県、神奈川県、東京都出身。齋藤組は卓が別だったのでうかがっていない。
私たちの卓の料理は、牛蒡サラダ ― 牛蒡の天麩羅というのはあるが、牛蒡の素揚げは初めて口にした。他の生野菜の中でいいアクセントになっていた。それからいつもの玉子焼と私の好きな鴨。続いて、アスパラガス、鱧の天麩羅が続いた。鱧の天麩羅はとっても優しく美味しかった。天麩羅油が新鮮だからだろう。鱧のような白身には新鮮で軽い天麩羅油が合うと思う。天麩羅はもともと江戸発祥だから、当然ながら江戸前の魚介に合う胡麻油だったのだろうが、もはや江戸前から世界の天麩羅になったとき技術も味も多様化し、それが美味しさへの追求になってきている。
店主は愛甲さんとおっしゃる。この姓氏のルーツは相模国の鎌倉武士のはずと思いながら、関西風の天麩羅を美味しくいただいた。あとで尋ねてみると、自分のルーツは九州人吉だとおっしゃった。やはりそうか、相模の鎌倉武士愛甲氏の一部が地頭となって九州へ下ったのは史実にある。まあこれは余談だけど、姓氏にも美味なるロマンがあるということ。
このとき隣の卓で「可愛い♬」と歓声が上がったので見てみると、鮎の天麩羅の横に空豆が付いていた。その空豆に目玉のような黒い点が二つ書いてあるから、まるで小さな雨蛙だった。今日は朝から雨だったから、ぴったりのお皿の景色になっていた。こういう茶道流の一工夫が、食事の楽しさを加味してくれる。
さあて、お目当ての《三角蕎麦》の時間だ。
当店は挽きぐるみで打ってあった。小池さんは《桜海老ちらし》、写真のように素揚げした桜海老を三角蕎麦の上に散らしてあり、つゆはぶっかけ風。
Wさんと私は、《三角蕎麦のせいろ》、つゆは湯葉の入った豆乳に、塩味だけで返しは入ってない。
食べ終わった後、この豆乳つゆに蕎麦湯を入れていただくと、不思議な美味しさになる。この味も忘れられないものになった。
さてさて、小池・齋藤ペアのお蔭で三店の三角蕎麦をいただくことができた。
その結果、蕎麦粉は同じでも、一東菴さんの十割、菊谷さんの緑実選別、玄治さんの挽きぐるみの味覚は全く違っていた。
挽き方、捏ね方、延し方、切り方、茹で方と職人さんの手によって幾つもの工程が加わるから、各々の蕎麦切も別物になる。まるで同じ土で作った器でも、焼くという特異な工程が加わることで、陶工によって全く異なった作品が完成するのに似ている。ここが同じ粉物でも他のシンプルな工程の料理とはちょっと違うところであろう。だから故藤村先生は、蕎麦粉の鑑定は難しいとおっしゃっていた。
当たり前のことだけど、同じ蕎麦粉巡りをしたお陰で、そのことを際立って思い知ることができた。
《参考》
✡菊谷の《三角蕎麦》
https://fv1.jp/81828/
✡一東菴の《三角蕎麦》
https://fv1.jp/81054/
✡ほしひかる「美味しさを考える―舌学のススメ―」
http://www.edosobalier-kyokai.jp/tk/thinktank.html#list3
✡ほしひかる著『新・みんなの蕎麦文化入門―お江戸育ちの日本蕎麦
〔江戸ソバリエ協会 ほし☆ひかる〕