第237話 ジャズが日本を救う♪

     

そば資料館・研究センター研究員の氏原睦子さんが、「そば屋でジャズコンをやりませんか」と声をかけてくださった。このシリーズで私が書いた「マンハッタン・スケッチ」を読んでのことだという。
ジャズメンは氏原さんの友人 ― 藤井政美トリオ(藤井政美ts・山本優一郎b・山口圭一ds)とのこと。
当人の氏原さんは、「蕎麦博士」といわれたお父上氏原暉男先生(信州大学名誉教授)の遺言に従ってヒマラヤで散骨され、帰国したばかり。だから、ネパール・タカリ族の蕎麦料理 ― パーパル粉ロティ(蕎麦粉のパンケーキ)・ディロー(蕎麦掻)などをバネルで紹介してもいいとおっしゃる。それなら面白くなりそうだ。

蕎麦とジャズ ― 似た者どうしだから合うのではないか、と前々から思っていた。どこが似ているかというと、どちらも野に生まれながら、都会で文化性を身に付けたという点であろう。だから、ジャズのレコードやCDがかかっている蕎麦屋がたまにある。とはいうものの、 実際に「そば屋でジャズコン」をやっている店はあまりない。
ないなら、やってみようかということで、氏原さんと巣鴨の「菊谷」さんにご相談したら、ありがたいことに気軽に引き受けていただいた。

食事と音楽は、私の最大の関心事である。― 音楽を聞きながら食事をするべきか? 食事が終わってから音楽を聞くべきか? こんなことを気にしているが、ほんとうは音楽を聞きながら食事をするのがいいのだろう。しかし想像してほしい。それだと会話ができない。食べて、音楽を聞いて、おしゃべりをして、というのは容易なようであんがい難しい。
だったら、お蕎麦を食べてから音楽にしようということになった。でも私は、窮屈な音楽会というのが好きではない。子供のころから、集中力に欠け、ながら族で過ごすズボラのせいだろうか。とくにジャズなんていうのはお行儀をよくして聞くものではないだろう。そんなわけで、先にお蕎麦を食べてもらってから、その後にドリンクでも口にしながらジャズを、ということにした。
さっそく、仲間に募集をかけてみた。すると、何と三日で満席になった。驚いた。やはりジャズとお蕎麦には何かがありそうだ。

当日のお蕎麦は、一枚目は益子産常陸秋そば(大粒選抜・微粉)の細切り、二枚目は秩父在来種春そば(小粒選抜・微粉・欧州臼粗挽き)&秩父在来種秋そば(小粒選抜・微粉・玄そば欧州臼粗挽き)のブレンドの太打ちを味わった。菊谷さんらしい、個性に満ちたお蕎麦だった。

ジャズ ☆ ほし 絵

続いて、藤井政美トリオの演奏。かなり熱が入っていた。後で聞いたところ「三日で満席になった」ということを耳にして、〝お客様の聴く気〟が伝わってきた。だから、こっちも〝本気〟でやらなければならないと思ったという。
これが客とライブ演奏者の熱い関係だ。
それにここは蕎麦屋だから舞台なんてむろんない。テナー・サックス、ベース、ドラムスの音響が、もろに客の身体に伝わってくる。
曲は、スタンダード・ナンバーや、藤井さんが作曲したものなど全7曲。
演奏中、Oという人がずっと身体と手でリズムをとっていた。演奏者のリーダーは藤井さんもそれに応えるかのような演奏だ。これも客とライブ演奏者の熱い関係だ。
後で、このOさんにもうかがったら、タップダンスをおやりになっているという。どおりで、リズム感がいいはずだ。
ところで、私が気になっている、音楽を聞きながら食事をするべきか? 食事が終わってから音楽を聞くべきか? 藤井さんに訊いてみた。  答は「どちらでもいい、要は聴く気がこちらに伝われば、本気になれる」とのこと。
なるほど。見渡せば、最近は熱い関係がなくなってきているような気がする。皆さん優しく、静かで、温和な紳士ばかりだ。人間どうし、熱く対話することが苦手な人たちも増えているという。店に行けば、カウンターの中に納まっているだけが仕事だと勘違いしている人が普通になってきた。客の所まで積極的にやってくるような人はまずいない。みんな小さくなってきた。まるで鎖国状態だと思うことがある。
しかし、今夕ここでは、テナーサックス、ベース、ドラムスが熱く歌っている。それに応えて手拍子がホットに響いている。
「You'd be so nice to come home to」
「My Blue Heaven」
「Take the A-Train」
「St. Thomas」
「rue du bac」
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ジャズ心が、いまの日本を救ってくれるのかもしれない。

〔エッセイスト、江戸ソバリエ認定委員長☆ほしひかる