第238話 河越抹茶蕎麦
蕎麦の中に《変わり蕎麦》というのがある。江戸中期以降から見られるが、白っぽい蕎麦粉にいろんなものを混ぜて打つ。抹茶や蓬や笹などを入れれば緑色、桜や海老は赤色、紅花や卵黄を混ぜれば黄色の蕎麦になる。
こうして出来上がった蕎麦は、その色、香り、風味が楽しめるということで「趣味の蕎麦」ともいわれている。
今日は、その趣味の蕎麦のひとつである《茶蕎麦》を名物にしているという川越の「寿庵」を訪ねた。店は明治38年創業の老舗蕎麦屋、現在の店主は4代目の藤井清隆さん。さっそく彼に《茶蕎麦》に特化した理由を尋ねてみた。
― 川越ならではの特色を出したいと思ったのです。考えてみれば、有名な狭山茶は川越の喜多院を創建した慈覚大師によって伝えられた河越茶に由来し、河越茶は室町時代、五大銘茶として知られていたといいます。それなら《茶蕎麦》をやってみようか。と、そこまではよかったのですが、残念ながら狭山茶には抹茶がなかったのです。止むを得ず、しばらくは宇治茶で代用、近年やっと念願の抹茶が完成したので、すぐに河越抹茶に切り替えました。すると、宇治の茶は濃い深緑で少し苦味がありましたが、河越抹茶は濃い黄緑がきれいで、しかもやさしい味でした。大成功です。―
「寿庵」の蕎麦粉は、北海道音威子府、茨城、福井産をその時期によってブレンドして使用する。ちなみに現在、国産の蕎麦粉生産量は北海道がダントツで、その五分の一くらいの規模で福島、山形、長野、茨城、福井、栃木などが続いているが、最近なぜか福井産をよく目にする。
それはともかく、《茶蕎麦》を打つ際のノウハウをうかがったところ、どうしてもお茶の成分と色が湯に流出してしまうので、柔らかめに打って、細く切り、30秒でサッと茹で上げるのだという。
4代目は目を輝かせて言う。「《茶蕎麦》はもちろんですが、歴史ある河越抹茶を川越の顔にしたいと仲間たちとNPOを立ち上げたりして健闘しているところです」。「小江戸」と呼ばれる川越は蔵の街として知られている。しかもその蔵は「江戸黒」といわれる渋くて美しい黒色を守っている。
「渋さと美しさ」という点では《茶蕎麦》もそうだ。《茶蕎麦》は川越の美学によく合った粋な食べ物かもしれない。
参考:お国そば物語シリーズ(第211、167、128、124、121、120、119、118、89、66、48、44、42、24、9、7話)、『ゴルフダイジェスト』6月号
(エッセイスト、江戸ソバリエ認定委員長☆ほしひかる)