第817話 新宿発7時30分「あずさ3号」-14番
高遠行=1
ソバリエの「ともこ+利恵」ペアさんに伊那の高遠に行きましょうと誘われた。
ちょうど、計画されている蕎麦博物館の確認や、『蕎麦春秋』誌連載の「そば文学紀行」で、次回は「高遠蕎麦」について書こうと思っていた矢先だったから、ご一緒させてもらうことにした。
発案者のともこさんからは「茅野からレンタカーで高遠に行くから、各々新宿駅発7時30分の「あずさ3号」の切符を早目に買っておいてくださいとの連絡があった。さっそく、私は大塚駅で、利恵さんは千葉で、ともこさんは都下で購入し、買いましたよ」とメールし合ったところ、何と!
☆ともこさんは「あずさ3号」の5号車の14番
☆利恵さんは「あずさ3号」の6号車の14番
☆ほしは「あずさ3号」の7号車の14番、だった。
「みんなそろって14番!どうして?」、「まるでミステリー!」と驚嘆したが、偶然が産み出したミステリーというほか理由はない。
ミステリーといえば、小説には「鉄道ミステリー」という分野がある。
コナン・ドイルの『消えた臨時列車』(1898年)が世界初の鉄道ミステリー小説といわれている。イギリスは汽車の先進国だから鉄道文化も早いのだろう。
日本ではその25年後の江戸川乱歩作『一枚の切符』(1923年)が最初らしい。乱歩の小説の荒筋は、ある殺人事件で警察が犯人を挙げたところに、某探偵が登場し、切符販売会社発行の領収書を発見、そこから自殺と断定するにいたるという話である。この話から、大正時代の列車の切符販売は代行会社が行うことになっていたことがうかがえる。
さて、11月6日(日)、新宿駅発7時30分の「あずさ3号」に乗車した。
電車はE353系、あたらしかった。目的地の茅野駅には9時51分に着く。この特急「あずさ」というのも鉄道ミステリーのなかでは有名で、西村京太郎、峰隆一郎など多くの作家が手がけている。
ところで、電車が並走している一瞬だけ、止まっているような錯覚になったご経験はおありだろうか。今日も中央線の赤い電車と少しだけ並ぶ偶然があった。アガサ・クリスティの『パディントン発4時50分』という小説は、この一瞬を捕まえ、サスペンスを仕立てている。ロンドン・パディントン発4時50分(16:50)の列車に乗った探偵ミス・マーブルの友人が、自分が乗っている汽車と並んで走る別の汽車が一瞬止まったかのような錯覚の中で、男が女を絞め殺す場を窓越しに目撃する。慌てた彼女はそのことを駅員に知らせるが、信じてくれない。不満ながらミルチェスター駅で降りた彼女は、セント・メアリ・ミード村に住むミス・マーブルに会って、事件のことを話した。報告を受けた探偵のミス・マーブルだけは友人の話を信じるが、しかし残念ながら、車内にも線路近辺でも死体が見つかったという報道はない。それでもミス・マーブルは推理を立てて殺人事件を解決していく、というミステリー小説だ。
本来、殺人事件というのは忌まわしい事件であるが、アガサ・クリスティは舞台や登場人物を上流階級に設定することによって、格調高い小説にすることに成功した。よって彼女の小説は世界中で翻訳され、長く読み継がれていることはご承知の通りだ。
もちろん、今日のあずさ3号ではそういう事件は起きない。茅野駅に下りたら、あらたにお二人が加われた。お一人は大阪から駆けつけた小池さんの蕎麦好き知人のMさん、もう一人は一茶庵蕎麦教室のプロコースで学び、来年はソバリエ認定講座を受講したいというIさん、計4名の蕎麦女子と余計な男1人(私)は、ともこさんが運転する車で、古東山道(152号線)・杖突峠をうねうねと越えて高遠へ向かった。
内緒だが、この「古東山道」が、12月22日発売『蕎麦春秋』の次回「そば文学紀行」に掲載予定原稿の「高遠蕎麦」謎解きの鍵となっているから、お楽しみに。
さらに追記する。6日後、江戸ソバリエ神奈川の会の皆さんと蕎麦発祥の地・栖雲寺(甲州市)で蕎麦切奉納をするために、再び「あずさ」3号に乗車することになっている。
私はまだ切符を購入していないが、先に買った木崎利江子さんから連絡が入った。
☆木崎利江子さんは「あずさ3号」の7号車の14番、だった。 (続く)
(『そば文学紀行』作者 ほし☆ひかる)