第820話 「出汁+発酵調味料+○+三菜+箸」

     

~ 和食の定義 ~

 ☆浜田港の魚
  「出雲蕎麦と江戸蕎麦の架け橋になりたい」と言っている人がいます。
  ソバリエの齋藤利恵さんがそう言って、江戸ソバリエ認定講座の受講をすすめてくれた人に根本朋美さんという人がいる。
   もちろん根本さんは受講されたが、その彼女が島根の魚をご紹介する会がある実は彼女の実家は、島根の浜田港で渡辺鮮魚店を営み、今は弟さんが社長で、ご本人はあとしばらく東京で勉強して、近い将来は浜田へ帰る予定の、島根愛、お魚愛に満ちた女性だ。
  その日の会場は、日比谷の「しまね館」だった。
    カウンターに座って、写真左から、喉黒(赤鯥)、平鱸、よこわ(黒鮪)、そして鱰(シイラ)の話を聞いたあと、握り鮨にしてくれた。
    よこわと鱰とやらは初めて口にするがうまい。シイラと聞くと、化石のシーラカンスを想像するが関係ないらしい。でもやはり写真を見ると怖い顔をしている。が、その割にはやさしくうまい味がした。鮨の後は、あら汁が供された。涼やかな握りの後の、温かいあら汁はまた格別だと思う。ごちそうさまでした。
   江戸蕎麦と魚の関係はというと、《天麩羅》にすればだいたいの魚は使えるが、単体としては《穴子南蛮》や《あられ蕎麦》(青柳)があるくらいであろうか。郷土蕎麦になると、《牡蠣蕎麦》(諫早)、《鯡蕎麦》(京都)、《鰯蕎麦》(千葉)など少し増えるが、たいしたことはない。
   これからの「蕎麦+魚」の道は、根本さんの活躍に負うところが大きいかもしれない。

大黒様+恵比寿様の話
  後日、根本さんからメールを頂いたが、一文の中に「魚は日本の食文化です」とあった。彼女の魚愛の満タンぶりは変わらない。
  そういえば、長崎福三という人に『魚と米の食文化』という著書がある。当たり前のような題名のようだが、よく見ると魚の字に「えびす」米の字に「だいこく」とふりがながふってあった。それが面白くて憶えている。たしかに七福神のうちの恵比寿様は釣り上げ鯛を持っているし、大黒様は米俵の上に坐している。そういう目で日本の景色を見れば、山から流れる川の水は海にも、田んぼにも通じている。これが日本だ。だから米と魚というわけだ。
   そういう意味では「大黒様+恵比寿様=和食」は定義の一つだろう。
 それ以来、私は日本の食文化を支えているのはこの二神だと思うようになった。
   私たちがソバリエ認定講座を行っている神田神社には二神が祀られていが、食の講座を行うにふさわしい会場だと思っている。

☆一汁三菜の話
  ところが、一般的にはよく「和食は、一汁三菜が基本です」といわれる。
  ただし、これは「ご飯+一汁三菜」という意味であって、米が主食の国ではわざわざ「ご飯」を言うこともないと割愛されているところを知れば、言い得て妙であると思う。しかし一方では和食であるはずの麺類はここには入らないの?という疑問がわいてくる。

☆ある食堂にて
  私の住んでいる大塚に定食屋がある。その店は、大塚と隣の巣鴨にかけて三軒の店を持っている。その店内に次のような宣言を掲げてあるが、これもまたまぎれもなく和食の定義であると思う。ただし、ここでも麺のことは触れられていない。

①目利き
    店主自らが河岸に行き、お客様に必ず満足していただけれる素材を選びます。
②生産
   米・豚肉は生産者から直接仕入れます。
③自家製
  メンチカツ、コロッケ、ポテトサラダ、糠漬け、ポン酢、土佐酢、照焼の垂れ・・・・・全ての商品が自家製です。
④手間ひま
   味噌汁は一人前ずつ片手鍋で作り、熱々、風味にこだわります。
⑤炊き立て
  ご飯は炊き立てにこだわります。
⑥糠床
  毎日糠床を300回掻き回します。
⑦鮮度
  仕入れた食材をその日のうちに調理して提供します。
  でき立ての熱々を提供します。
  イキイキと元気なスタッフが商品を提供します。

☆出汁+発酵調味料の話 
  江戸ソバリエの会の一つに「江戸(旧寺方)蕎麦研究会」というのがある。
  その会で国士館大学の原田信雄先生をお招きして講義してもらったことがある。
  そのとき先生は「和食とは、出汁+発酵調味料」という言い方をされた。
  戦国時代に来日したルイス・フロイスは、日本人は汁がなければ食がすすまないと言っている。その汁に注目して、しかも出汁つまり日本人の味覚である旨味を訴え、また日本の発酵調味料である味噌・醤油を重要視している点など、いい定義であると思う。ただし、これも後に続くのは「ご飯」だという。
  そこでソバリエとしては考える。
  「一汁三菜」も、「出汁+発酵調味料」も分かり切ったご飯が省略されているというのなら、省略を図で表現すべきだろう。すなわち「一汁三菜+〇」、「出汁+発酵調味料+〇」と。
  そうしたうえで、再度組み立てなおすともっとよい図式ができ上る。
  「和食σ出汁+発酵調味料+○+三菜
 出汁+発酵調味料は、日本人好みの味覚である。
 〇には、ご飯か麺類が当てはまる。
 そして三菜には、恵比寿派なら魚、食物繊維派なら根菜、豆、海藻などが入るだろう。

☆+膳+座の話
 「一汁三菜」にしろ、「出汁+発酵調味料」にしろ、「+膳+座」がなければ和食とはいえないと言う方がおられた。
  これも和食が武家時代に生まれてたことを考えれば、当然である。しかしながら、座ることは少なくなり、ましてや膳はほとんど見られなくなった現在ではあまり理解されないだろう。その点、時代が変わろうと、和食に箸は欠かせない。だから「+箸」としたらどうだろう。
  すなわち、和食とは、「出汁+発酵調味料+○+三菜+箸」である、と。

〔江戸ソバリエ協会 ほし☆ひかる〕