第858話 グレープフルーツの冷掛け

      2023/09/27  

 正岡子規は果物が好きだったようで、果物日記というのを書き残している。
 画家はよく果物を描いているが、日本の文学者が果物に注視しているのは少ないのではないかと思う。
 この子規の果物日記を参考にして私は、江戸ソバリエ認定講座の舌学ノートを考案したわけだが、私も果物が嫌いではないから、子規の果物日記に目がいったのかもしれない。
 ところで、5月ごろ身体の調子を崩して食欲が減退したため、「柑橘類でも」と口にしたとき、たまたま日本産と外国産を比較することになった。
 その結果、身体の具合で敏感になった舌には、外国産の柑橘類はきつく、日本産の柑橘類がやさしいと感じたことがあった。
 なのに、日本は結構柑橘類を輸入している。
 輸入果実のトップはバナナだが、柑橘類ではオレンジ、レモン、グレープフルーツなどが多いらしい。バナナは日本にはないも同然だから止むを得ないとしても、柑橘類は日本産が豊富にあるじゃないかと思ったりする。しかも日本人は色の表現でも、「橙色」とか「黄色」と言うより、むしろ「オレンジ色」と「レモン色」と言う方が多いぐらいである。

 蕎麦界で柑橘類などの果物はどうかというと、変わり蕎麦の《柚子切》があるくらいで、これまではあまりなかった。それが近年《酢橘蕎麦》というのが登場し、たちまち夏の逸品となった。この《酢橘蕎麦》はどこが発祥かなかなか分からないが、徳島産の酢橘に近い大阪発だろうと思われる。そのうちに《へべす蕎麦》《臭橙[蕎麦》も現れた。私も時季がくると、必ずこれらの夏の逸品を頂くことにしている。
 ところが、ここに《グレープフルーツの冷掛け》なるものが登場した。教えてくれたのはソバリエの「岩」さんだ。さっそく声をかけて一緒に食べに行った。
 お店は、根津の「松風」。北海道雨竜産の蕎麦は、腰があって細切りで食べやすい。その上にグレープフルーツがのっている。
 グレープフルーツというのは、ブンタンとオレンジが自然交配したもので、ブンタンの特徴の方をよく受け継いでいるというから、優しい味がする。どらかというと日本人好みといえる。しかも大きいから、ポリフェノールをたくさん摂り入れたような気がする。暑い夏を乗り切る逸品かもしれない。
                            〔江戸ソバリエ ほし☆ひかる〕