第862話 江戸を楽しむ
コレド日本橋に「奈美路や」という江戸料理店がある。
経営母体は日光江戸村、したがって江戸のエンターテイメントが運営支柱の一つといえるからだろうか、当店では「おとなの寺子屋」という会が定期的に開催されている。
今日は、寺子屋四回目「講談と江戸料理」である。
前回は、「江戸の食器と江戸料理」だった。講師は森由美先生(江戸ソバリエ講師)、ご出演の依頼を私が交渉したため、御礼として私もご招待いただいたのであるが、残念ながら他の用事と重なっていたために出席できなかった。それではと、今回お誘いいただいた次第である。
本日の講談師は田辺いちか師、孫娘の名前と同じだったので、その気になって出席させていただいた。
演目は「名医と名優」、話はこうだ。
半井源太郎という貧乏医者が、長崎で眼科医の研鑽を積み、江戸へ向う途中、東海道の金谷宿に泊まった。すると宿の二階で人気役者の中村歌右衛門が「風眼」という病で苦しんでいた。源太郎は西洋医学で学んだ手術で病を完治させたが、源太郎は歌右衛門が差し出す、御礼の大金を受け取ろうとしない。歌右衛門は「では、あなたの身に一大事があった際は、どんな時でもすぐに駆け付けます」、と礼を言い、2人は別れた。
ところが3年後、源太郎の身にその「一大事」が起き、歌右衛門が男の約束を守って駆け付けるという、まさに「男の生きる道」を指し示したような話であり、胸にグッとくるものがあった。
江戸時代というのは、浮世絵、歌舞伎、人形芝居、講談、浪曲、河東節、常磐津、新内、清元、川柳、俳諧(俳句)、黄表紙などの文芸が華やかに咲いていた。
そんななかの、講談、浪曲、黄表紙などは実話に近い物語だったから、庶民たちはここで学ぶべくこともあったろうと思う。
先日までのNHKの朝ドラ『らんまん』でも主人公の奥さんは『八犬伝』で人生の勇気を学んだということになっていた。
さて、講談というか美談というべきか、それが終わったところで、江戸料理の会に移った。
私は、この寺子屋の料理を監修した冬木れい先生、縄文料理の研究家の幸子さま、編集者の智子さま、そして江戸料理研究家の福田浩先生とご一緒の席に座らせていただいた。
運ばれてきた料理は、次のような江戸料理である。
一、座付 ひと啜り
奈美路やのお薬湯
蜆と蕎麦の実入りのお吸い物だった。確かに身体によい薬湯だろう。
二、江戸料理 硯蓋仕立て
牛蒡の炊き物
丸十のあめ煮
煮穴子 干瓢
奈美路やかまぼこ
豆腐の味噌漬け
《丸十》は薩摩島津氏の家紋、つまり薩摩芋のこと。
《かまぼこ》は、「奈美路や」製の名物になっている。
三、鯛の芋なます
「《膾》は船乗りの料理だ」と膾の本場の外房の街で聞いたことがあるが、今日の《膾》は酸味があって、船乗りの料理よりも野性的な味ではないかと思った。
四、鴨のせんば
船場煮と書くときは魚、千羽煮と書いたときは鳥という話もある。
今日のは鴨だから千羽だろうが、当店ではせんば煮としてあった。議論は楽しみにながらやってほしいというのだろう。
五、玲瓏豆腐
《こおり豆腐》は、昨日の皇居外苑での行楽重にもあったけれど、当店のは大きくてきれいだった。
六、万年煮
万年煮とは長時間かけて煮ること。だから濃い味だ。
七、奈美路揚げ
《奈美路揚げ》も当店の名物で、これは美味しい。
八、魚田 鰯 平目
《魚の田楽》は初めてだったけど、白身の平目が美味しかった。
九、胡椒飯
目の前にいらっしゃる福田先生のご著書によく掲載されている《胡椒飯》、茶漬け風だったが、ちょっと刺激があって美味しかった。
十、幾代餅
焼き餅に餡子というのは珍しい。これもまた一興と思った。
いちかさんの人生講談に聞き惚れ、そして牛蒡の炊き物、豆腐の味噌漬け、鯛の芋なます、万年煮、魚田、胡椒飯、幾代餅などを美味しく頂いて【江戸】に浸った夕べだった。
ほし☆ひかる
(特定非営利活動法人 江戸ソバリエ協会 理事長
(2022年農水省認定 和食文化継承リーダー)